十三 モウコ・ハン

 こうして、大玉転がし世界大会はガニマタ王国ペアの勝利で閉幕した。当時『できたばかりの、取るに足らない小さな国』であったガニマタ王国は、その評価を大きく覆したのだ。ガニマタ王国の観光案内所のホットラインは二十四時間鳴り続け、受付嬢がノイローゼで倒れたほどであったという。その後、退職した受付嬢は寝ているときでさえ鳴り続ける電話のベルの幻聴に悩まされた。

 そして、世界中を巡る祝勝パレードを終えて本国に戻った二人、ディーン・ファインとシリム・チーリを出迎えたのは、国中から集まった群衆の大歓声だった。今や世界でもっとも有名な二人と言っても過言ではなく、二人がチャーター機から降りた瞬間に群衆がわっと押しよせた。もはや警備隊でも静止できぬ勢いであった。

 しかしながら、あまりの人混みにシリム・チーリの尻が意図せずして数度炸裂し、身の危険を悟った群衆はやっとおとなしくなった。

「ディーン・ファイン! シリム・チーリ! 待ちわびたぞ!」

 王城に入った二人を出迎えたのは、美しく輝く王冠を被ったアダムであった。いや、今はもうアダムではない。

「アダム殿!」

「ははは、今はもうアダムではないのだよ。イヴがうるさくてな……」

「どういうことです?」

「私が説明しましょう」

 現れたのは、王妃となったイヴであった。

「あの大会の間、私とアダムは密かに国を抜け出し、デップリ王国に行ったのです」

 話は数日前に遡る。

 城の中で、イヴがアダムを呼び止めた。

「アダム殿!」

「何だね」

「突然ですが、あの石の上に座っていた人を覚えておいでですか」

 それは、アダムとイヴが部下集めに奔走していたときに出会った人物。伝説の大石の上に座り、石が孵化するまで温め続けているという凄まじい男である。

(作者注:第一部、十八 石の上 を参照のこと)

「もちろん、覚えているとも」

「その方に、会いに行くべきではありませんか?」

 そう言われて、アダムはあの男と会ったときのことを思い返した。確かこう言っていた……『いくら王たる者とて、君臨すべき国がなければ剣を持った若造に過ぎぬ。自分の国を打ち立て、名実共に王となってから来るがよい。そのときこそ、この石が孵化してお主に王冠を授けるときである』……と。

「なるほど!」

「はい。自分の国を打ち立てましたし、こうしてトンガリ王国の民を受け入れたことで大勢の国民も誕生しました。アダム殿の治世は非常に評判がよろしいですし、もう名実ともに国王となっているのではありませんか?」

 こうして二人は密かに国を抜け出し、焼け野原となったデップリ王国へ向かったのだった。

 男はそこにいた。変わらぬ姿で石の上に鎮座し、石を温め続けていた。二人が恐る恐る近づくと、石の上の男はかっと目を見開いた。

「やっと来たか」

「やっと、とは?」

「石が疼いておる。今にも生まれそうだ。さてはお主も、ようやく名実ともに王たり得る器となったか」

「大半は部下達のおかげである……まったく、自分には過ぎた部下達だ」

「うむ」

 男は満足そうに頷くと、石の上から飛び降りた。

「その心を忘れるでないぞ……」

 男が石にそっと手を触れると、石は光り始めた。それも、少しずつ内側から光が漏れ出すように。

「永い時であった……これでようやく肩の荷が降りるわい。ドラ息子共め、あとで説教してやらねばならんな」

 光はさらに強まっていく。

「ドラ息子? 王冠?」

 何かが引っかかったように、イヴが呟いた。

「どこかで聞いたことがあるような……」

 やがて石にヒビが入った。ピシリ、ピシリと割れていき、眩い光が溢れ出す。その中心に浮かんでいるのは、金で蔓草模様が組まれ、銀で花が縁取られた、世にも美しい王冠であった。

「ほれ、こっちに来い」

 男が手招きする。

 アダムは言われるがままに歩み寄り、頭を差し出した。

「儂の子孫と、仲良くしてやってくれよ」

 そう言いながら頭に王冠を被せられたアダムの頭の中で、ようやくドラ息子、王冠、子孫という言葉が噛み合った。

「お主は、いや、あなたはもしや……賢王ホドホド七世では?」

「ほう、見抜いたか。いかにも儂は、今は亡きケンコーランドの国王ホドホド七世! 二人の息子の諍いに嫌気がさし、命尽きて後もこうしてここにとどまり、王に相応しき者が現れるまでその王冠を守護していたのだ。この王冠を受け取ったお主は、必ずや素晴らしき国を創り上げることだろう。そうそう、名前をつけてやろう」

「名前? 私には、アダムという名前があります」

「違う。王としての名前じゃ。何かいい案はないかのう」

 イヴが、思い出したようにくすくす笑いながら言った。

「この人は傍目から見ても完璧な人なんですが、ただ一つだけ……お尻に、まだ消えない蒙古斑があるんですよ。しかも、恥ずかしがってそれをひた隠しにしているのです」

「イヴ! お、お主というやつは……」

 ホドホド七世は呵呵大笑した。

「よい王妃を持ったな! いいだろう、お主の名前はもう決まった。『ハン』という言葉は『王の中の王』という意味を持つ。それにお主が持つ蒙古斑……」

 ホドホド七世は厳かに宣言した。

「名付けて『モウコ・ハン』じゃ! お主はこれより、ガニマタ王国初代国王『モウコ・ハン』と名乗るがよい!」

 初代国王モウコ・ハン誕生の瞬間であった。

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