十二 決着

 大玉転がしレースも佳境に入り、ゴールまで残す所あとわずか!

「さて、先頭を走るのはやはりハットリペア、大玉の申し子ゴロゴロ選手! かたや相方ドロドロ選手は縦横無尽に走り回り、トラップを仕掛ける! 現在シットリペアとウンザリペアがドロドロ選手の妨害により順位を大きく下げています! ドロドロ選手の無尽蔵のスタミナには、驚嘆の一言です! 追いすがるマッタリペアも、瞬間火力においては並ぶ者なし! わずかずつではありますが、着実に距離を詰めています!」

「いやあ、こんな接戦は第八回大会以来だ!」

「さて、他のペアも負けじと戦闘集団を追いかける! さて、リタイアしたガニマタペアは……なんということだ! あれはッ! ディーン・ファイン選手、立ち上がっている! 不屈ですッッ! 燃えるその瞳には、揺るがぬ闘志が宿っているゥゥゥーーッ!」

「気迫がありますねえ」

 ディーンはシリム・チーリを抱え上げる。そして肩に担ぎ、後ろを振り向く……そう、それは投げ槍の構え!

 抱え上げられたシリム・チーリはかすかに頷くと、唇を固く結ぶ。

「そして隣のシリム・チーリ選手を……抱え上げたッ! まさか……まさかまさかまさか! 投げ槍競技からの参戦者、ここでその真髄を発揮するのかァーーーッ」

 ディーンは全身に力を込める。

 それは、自分が慣れ親しんだ投げ槍のフォーム。

 シリム・チーリの尻を掴み、バックステップを踏み、後ろに体を大きく反らし……そしてあらん限りの力を振り絞って、ぶん投げた!

「なんと、ここでディーン・ファイン選手、相方シリム・チーリ選手を投げたァァァーーーーーーッ! なんということだ! 前代未聞ッ!」

「大玉転がし界に、新しい風が吹いています」

 尻の加速力とディーンの筋力! ふたつの力が合わさって、過去最大初速度を記録。その軌道は放物線より、もはや直線に近い!

 力尽きたディーンはその場にがくりと崩れ落ちる。

「さあ、最後の上り坂ストレート! 先頭集団が今、大玉転がしの最終局面にして最大の難所に差し掛かったァァ!」

「通称・心臓破りの坂ですね。あの坂の押して登るのは、一歩間違えば転がり落ちる大玉に自身が潰されかねない、大変危険なルートです。事実、あの坂で死傷者が出たこともあります」

「さて、ディーン選手が投げたシリム・チーリ選手は……おおおおおおっ! 速い! 速い! これはまさか……逆転もあり得るか?」

 高速飛行するシリム・チーリは、轟々と鳴り響く風の中、必死で目を開ける。倒れ伏すディーンを見てかすかに痛ましげな表情をしたが……すぐに切り替え、迫る大玉をしかと眼前に捉える!

「ディーンは……彼にできることをやり遂げた! 次は自分の番よ!」

 放送席ではついに実況のフルダーテが耐えられなくなり、立ち上がって叫び出した。

 解説コロ・ガッシも興奮してマイクを振り回す。

「ディーン選手、素晴らしいコントロールだッッ! シリム・チーリ選手、高い放物線を描いて飛ぶ! 落下している大玉に、ちょうど突き刺さるような軌道で、ぐんぐん飛んでいくゥゥ!」

「まさか……今大会のダークホースが奇跡を起こすのか! 見せてくれっ! 奇跡をこの目に見せつけてくれっ!」

 それに負けじと坂を押し上げていく先頭集団、ハットリペアとマッタリペアも負けてはいない!

「しかし先頭集団、もう少しでゴールだ! ドロドロ選手、妨害を中断してゴロゴロ選手と共に大玉を押し上げる! 速い速い! オダマとコダマも負けてはいない! さあ、距離が縮まっていく! ハットリペア、ついにゴールまで残り三メートル!」

「二人で押したほうが速い。賢明な判断です」

 眼前に迫り来る大玉。シリム・チーリは覚悟を決める!

「ここで決めなきゃ、女がすたる!」

 空中で体を捩り、大玉迎撃態勢をとる。数メートル下には石畳が迫っているこの状況で、しかし、彼女の精神力が、今、恐怖を凌駕する! 大玉の下に滑り込むようにして尻を突き出し……大玉に、尻をぶち当てた! 

「そしてついにシリム・チーリ選手の尻が……大玉を! 今ッ! 捉えたァァァーーーーッッ!」

 先頭ハットリペア、ゴールまで数十センチ。

 誰もがハットリペアの優勝を確信したそのとき、ついに彼女の尻は炸裂したのだ。ハットリペアの大玉がゴールテープに触れようとする、まさにその瞬間! 全てがスローモーションになったかのようだった。轟音と共に脇から飛来した大玉が、先頭のハットリペアに迫る。ハットリペアの大玉は、ゴールテープまで残り数センチ。その数センチが、今まさになくなろうとしたとき。

 ガニマタペアの大玉が横をすり抜け、ゴールテープを切った。

 一瞬の無音。

 誰もが自分の目を疑い、そして次の瞬間、大歓声が巻き起こった。

「決着ゥゥーーーーーーーーーッッッッ!」

「信じられません! まさかそんな!」

「なんということだッ! 今大会のダークホース、ガニマタペアの優勝だァァーーッ! そして今! 僅差で二位のハットリペア、続いて三位マッタリペアがゴォォォォォーーール!」

「なんということだ! まったく、なんということだ!」

「信じられません! 大会初参戦ペアが、強豪揃いの世界大会で、優勝を果たしました! 誰がこれを信じるというのでしょうか! しかしこれは、事実です! 厳然たる、事実なのですッ!」

 シリム・チーリは大玉を跳ね飛ばした後、石畳に落ちる際に体をぐるっと捻って尻から落ちた。あまりの速度でぶつかったため、石畳は大きく陥没。石畳に衝撃をうまく逃したシリム・チーリは、数メートル跳ね上げられただけで済んだ。

 すぐさま起き上がって、ディーン・ファインのもとへ駆けてゆく。

「優勝よ! あたしたち、優勝したのよ!」

 ディーンが体を起こし、よろよろと立ち上がって腕を大きく広げると、シリム・チーリはその腕の中に飛び込んだ。

「なんてこった! 夢でも見てるみたいだ!」

「夢じゃない! ああ、やったわ! あたしたちが勝ったのよ!」

 ディーン・ファインとシリム・チーリは夢中で抱きしめあい、テレビカメラはその周囲に寄り集まって、それをアップで撮って再び全世界を感涙の渦に巻き込んだ。

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