二 健康

 デップリ王国は大混乱に陥っていた。

 突然現れたトンガリ王国軍に、国中の検問所の解体を終えて疲れ切っていたデップリ王国軍は奮戦したものの力及ばず潰走、数千人の兵が捕虜となってしまったのだ。

 軍を無力化したトンガリ王国軍はそのままデップリ王国中を蹂躙し始めた。

 デップリ王国民を手当たり次第に捕まえては即席収容所に放り込み、厳しいダイエットメニューを課し、デップリ王国民としてのアイデンティティつまり肥満を完膚なきまでに叩き潰すべく強制的に三度の食事の見直し、適度な運動、早寝早起きなどの習慣を植え付けてしまうトンガリ王国軍の悪魔の如き所業は国中に広まり、まだ捕まっていない王国の民は慌てて逃げ出して森や山の中に隠れ住み、怯えつつ生活していた。

 収容所に入ったデップリ王国民は厳しい生活管理によって次々と痩せ細っていき、収容所を出る頃には見違えるように細長い体型となって身も心もトンガリ王国の民になってしまうという。

 その情報をアダムのいるガニマタ王国まで持ち込んだのは、他でもない、変わり果てた姿の女王であった。

「おお女王よ、つい先日別れたばかりではないか。一体全体どうしたことだ、その毛を刈り取ったあとのモサモサヤギの如き体型は」

「ああ、アダムよ、会えてよかった」

 痛々しくなるほど痩せ細った女王は、か細い声で言った。

「収容所を逃げ出し、お主の王国まで助けを求めに行こうとしたものの、途中で力尽きて倒れてしまいそうになった。そのとき私はあのときの激しい怒りを思い出し、自身を竜の姿に変えることに成功したのだ。そして翼を羽ばたかせ、空を飛び、なんとかここまで辿り着いた。今では人と竜と、どちらの姿にもなれる」

「いや、今の女王は人でも竜でもなく、どちらかといえば骸骨に近い」

「失敬な!」

 女王が腹を立てた瞬間に女王の体はめきめきと音を立てて竜へと変貌を始めてしまったため、アダムは慌てて押しとどめた。

「待て待て悪気はない」

 しゅるしゅると萎んで人間の姿に戻った女王は、ただ項垂れた。

「知っておる。私は変わり果ててしまった……にっくきトンガリ王国軍の手によって」

「なんと、トンガリ王国とな」

「以前より仲が悪かった隣の国が、まさか攻めてくるとは思わなんだ。軍は潰走、国民は大混乱、私も敵に捕らえられて即席強制収容所に」

「それは辛い思いをしたな、それにしても即席強制収容所とはインスタントラーメンのように非人道的なものを」

「朝は七時に起こされ、朝ごはんは一汁一菜、そして運動、休憩、運動、昼ごはんは握り飯かふかし芋、そして運動、自由時間は一時間のみ、その後一汁三菜の晩ごはん、風呂、そして十時には消灯。おかげですっかり健康体になってしまった……ああ今思い出しても背筋が凍る」

「なんとも昭和感の漂う暮らしであることだ」

「おまけにご飯は全て玄米、おかずもほうれん草のお浸しなどのヘルシーなものばかり。向こうの料理人が腕を振るって作っているため、どれもこれも美味である。さらに、運動は一人一人にインストラクターが付き、脂肪の燃焼と美容の促進に効果的なメニューを組まれ、それを消化せねばならぬのだ」

「なるほど、あのトンガリ王国民は義務教育でスポーツインストラクターと管理栄養士の資格をとると聞く。だからあのマッチのような体型を国民全員が維持しているのだ。あの国の国民の平均BMIは17であるらしいぞ。

(注:BMIとはBody Math Indexの略で、体重と身長の関係から算出される、ヒトの肥満度を表す体格指数である。WHO(世界保健機関)の指標では、成人は低体重(痩せ型)が18.5未満、普通体重が18.5以上25未満、肥満(1度)が25以上30未満、肥満(2度)が30以上35未満、肥満(3度)が35以上40未満、肥満(4度)が40以上とされている)

全体的に太ったデップリ王国民と仲が悪いのも致し方ないことよ」

「うむ、そこでアダム、私の話を聞いてほしい。国を失った私はもはや女王に非ず。これはそんな私の個人的な頼みごと、無理な願いとは重々承知。しかし、私にはこうする義務がある。そしてこうする他ない」

 女王は土下座し、地面に頭を擦り付けた。

「我が国を、救ってくれ」

 部下たちはアダムを見た。アダムの顔に浮かんでいる表情を見て、一同安心し、密かにこう思った……ああ、やはり我らが王はどこまでも王たるお方である、と。

「頭を上げられよ」

 上げよ、ではなく上げられよ。アダムはそう言った。

「まだデップリ王国は滅びておらぬ。女王よ、お主も女王として振舞うがよい」

 女王は顔を上げた。涙の溜まった目でアダムを見、周囲に立ち並ぶ部下たちを見、そして立ち上がった女王は凜とした声で言い放った。

「ここにいるアダム殿とは、王国完成の暁には国交を結ぶとの約束をしていた。つまりここにガニマタ王国が存在する以上、我らは既に同盟国。よってここに、デップリ王国当代女王の名において、ガニマタ王国に救援を要請する!」

「承った!」

 アダムは叫んだ。

「ツギハギよ!」

「はっ」

「援軍が戻るまでの間、国を任せたぞ」

「畏まりました! ということは」

「うむ。私が指揮をとる」

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