三 歴史
援軍の準備は滞りなく進んだ。
ガニマタ王国義勇軍の全貌は、隊長はアダム、副隊長がシリム・チーリ、参謀がコクド・チリーンという鉄壁の布陣である。ちなみに戦闘兵はいない。
「無茶です! たった三人で!」
その夜、イヴはアダムに泣きついた。
「おめおめトンガリ王国に捕まって強制ダイエットの辱めを受けるおつもりですか」
「そんなはずはあるまい、しかと任務は達成する」
「いいえ信用できません」
「そう言われても」
「私も連れて行ってください」
「何だと」
「私もいろいろとお役に立ちます」
「しかし、そんな危険な真似をお主にさせるわけには」
「連れて行ってくださらないのであれば、あなたのお尻に可愛らしい蒙古斑があることを国中に言いふらします」
「何たる脅迫、イヴよ、お主に人の心はないのか」
イヴには弱いアダムであった。
翌朝、イヴを加えて四名となったガニマタ王国義勇軍はオカメ鳥の中から選抜した精鋭四鳥にそれぞれ乗ってガニマタ王国を出発した。痩せ細った女王はガニマタ王国の地でしばらく静養しつつ、アダムたちの帰りを待つこととなった。
「イヴよ、本当に付いてきて大丈夫なのか」
「もちろんですとも、あなたとならばどこまでも」
そのやりとりに、他の二人は顔を赤くした。
アイスィンクソウの大群生を越えて走り続けるオカメ鳥の上で、アダムがぽつりと呟いた。
「いつかはここにモノレールの路線を敷設し、駅を空中に建設し、このアイスィンクソウを毒の草原としてではなく美しい景観として眺められるようにしたいものだ」
「まあ、それはいい考えですね」
「デップリ王国を取り戻した暁には、モノレールで我が国と繋がるようにして貿易を始めたい。そして路線を拡大し、地下鉄に路面電車、新幹線、全ての整備を滞りなく進め、ゆくゆくはガニマタ王国を北の果ての一大観光地として世界中から人が押し寄せる土地にしようと思っている」
三人は、声を揃えてそれに賛成した。
「遠大な夢だろう」
「ええ、とても」
「だが、いつかは実現できる。この戦いは、そのための第一歩だ」
四人は決意を新たに、野を駆けた。
「国王、デップリ王国の国民のほとんどを収容したとの報告が入ったかもしれません」
「なんと、それは本当かもしれないのか」
「ええ、おそらく本当かもしれません」
「おお、ついに」
トンガリ王国当代国王トンガリコーン十六世は感極まって叫び声を上げ、BMI13の細長い手足を振り回した。
「我が先祖の代からの悲願がこれで達成されたかもしれない。あのにっくきデップリ王国を滅ぼせたのかもしれないのだ」
「不勉強で申し訳ないのですが、デップリ王国との確執は一体いつの時代から」
「うむ、それは一つの国から始まった。ケンコーランドという王国が遥か昔には存在していたのだ。その国は国民全員がBMIにして20~24というとてつもなく健康な体の持ち主で、平和で、豊かで、美しい国だったという。だが、あるとき、双子の王子が誕生した。一人は激しい肥満体で、もう一人は病的なほどに痩せていた。二人の王子は仲が悪く、いつもお互いの体型を罵り合っていた。そしてとうとう戴冠式の日、どちらの王子に冠を被せるべきか最後まで決められなかった国王は、とある命令を出したのだ」
「それは」
「うむ。王国を二つに分け、二人の王子にそれぞれ五年間統治させる。五年後、国民の満足度が高かったほうに王冠を与える、と」
「それで、どうなったのです」
「うむ。王子マルマルフトッタとトンガリコーン、この二人は見事に対極的な国を作り上げたのだ。マルマルフトッタは飽食の国。誰もが好きなだけ食べ、飲み、食べるという堕落した幸せに浸る国。トンガリコーンは粗食の国。目先の快楽に囚われず、最小限の栄養を摂り、禁欲と節制を何より重んじる国」
「なるほど」
「そして五年後、それはもう見事なまでにこの二つの国は対立していた。それを見た国王は驚き呆れて、今更満足度のアンケート調査などを行う気にもならなかった。嫌になった国王は冠をどちらにも与えず、どこかに隠してしまい、二つの王国を分けたまま放っておいたのだ。それから数十年、二つの国の啀み合いの陰で国王の身体を病が蝕んでいた。とうとう、賢王ホドホド七世は「過ぎたるは猶及ばざるが如し」という遺言を遺してこの世を去った。結局、今でもその王冠は行方知れずとなっている」
「では、この国は」
「そう。王子トンガリコーンの国は『トンガリ王国』となり、こうして存続している。王子マルマルフトッタの国はあの『デップリ王国』となった。そして現在、ようやく我らは勝利を収めたのだ! あのブタどもに打ち勝ったのだ!」
トンガリコーン十六世は感極まって泣き出した。
「国王よ、『かもしれない』という語尾を付け忘れておりますが」
「おっといかん」
トンガリコーン十六世は慌てて訂正した。
「あのブタどもに打ち勝ったのかもしれない!」
大臣たちも思い思いに歓声を上げ、自国の勝利を祝った。
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