黎明

一 王国基盤

 アダムとイヴ、四十五人の部下、五十匹のオカメ鳥。それがこのガニマタ王国の総人口、いや、総人鳥口であった。

「まずは王国の基盤作り。我々国民が快適に暮らせる環境を整え、そして法の整備、流通、貨幣。やることは山積みだぞ」

 法務大臣には七法全書を全て暗記しているが暗唱する以外のことは喋れない法律家、アイ・C・レコーダーが選ばれた。

 外務大臣にはしゃべり続けていないと息が詰まって死ぬアナウンサーのフルダーテ。

 財務大臣には守銭奴のトキワ・カネナリ。

 厚生労働大臣には果物を一瞬でドライフルーツにする男、アサヒ・ハイパー・ドライ。

 経済産業大臣には大発明家プリンプリン博士。

 農林水産大臣は生物学者の二人、動物専門のバイオ・ジジーと植物専門のメンタマ・トビデル。

 環境大臣には足の指と指の間から芳しい香りを放つデオ・ドラント。

 防衛大臣には反発係数15の尻を持つシリム・チーリ。

 文部科学大臣には微分者ドー・カン・スーと積分者ゲンシカン・スーが夫婦で選ばれ、国土交通大臣は、目測でマイクロメートルまで測ることのできる地質学者コクド・チリーンとなった。

 総理大臣には領主ツギハギが選出され、これは国王の右腕としての地位である。

 こうして各部門のトップが選出され、次に王都の場所が選定された。選ばれたのは、「アヤタカ」でした。これは山麓から流れ出す河川によって形成された扇状地である。水はけもよく、水回りの設備をしっかりと整えてしまえばさぞかしよい都になるであろうと思われた。

 のちに王都アヤタカと名付けられるこの都の中央部で交わる形に二本の河川が流れていて、これはフンダリ河とケッタリ川という。フンダリ河とケッタリ川が流れ出すその水源は後ろに並び立つキャラメルスコッチ山脈の奥深くにあり、その向こうは世界の果てである。神が焼いたパンの内壁がそびえ立っているので、この二つの河川の水源はどうやらこのパンが入っている冷蔵庫の結露であるらしい。なんとも旧式な冷蔵庫である。

 扇状地に都の建設を行うと決まったはいいが、都を建設するほどの数の国民がいるわけでもなく、まずは王宮を建築、そしてそこに全員が住みつつ、必要に応じて建物を増やしていくこととなった。

 さて、王宮の建築であるが、これは微分者と積分者の夫婦が王宮の概形をグラフで表現し、それを積分するという斬新な方法で行われた。

「これだとやけに曲線的な王宮になりますが」

「住めれば構わぬ。やってくれ」

 こうして二人はy=-x^2+120のグラフをy軸周りに回転させ、地面から突き出した形の紡錘形の王宮の外枠を完成させてしまった。

「外装は滑らかな光触媒……そうだな、酸化チタンがよかろう……にして、掃除の手間を減らすのだ。内部にシャンデリアなどの豪奢な装飾はいらぬ、必要最低限にせよ。シャンデリアの内部もLEDにするのだぞ、間違っても白熱電球など使うでないぞ」

 アダムの矢継ぎ早の指示に、どんどん建設は進んでいった。

「ここはいかがいたしましょう」

「うむ、ここはトイレにせよ。ウォシュレット完備でな」

「大浴場は」

「決まっておろう、源泉掛け流しじゃ。もちろん残り湯は洗濯に使うのだぞ」

「脱衣所は」

「冷暖房完備にせよ。最近は脱衣所と外との温度差が高齢者の心臓麻痺を誘発する事案が多発していると聞く。命の安全には金を惜しむでない。見栄のための金は惜しんでよい」

「ははあ」

 それと並行して王としての責務も果たさねばならぬとの自覚もアダムにはあったが、そもそも王というのはただ黙って座って威厳を醸し出しておればよいものであり、したがって具体的な責務などほとんど存在しないのである。アダムは暇を持て余し、コクド・チリーンと共にオカメ鳥を乗り回し、王国中を歩き回っては測量と地名の名付けに精を出すようになった。

 一週間後、農林水産大臣バイオ・ジジーとメンタマ・トビデルが皆を呼び集めた。

「えー、やっと完成したこの薬は、そう、オカメ鳥化を防ぐワクチンです。しかも驚くべきことに、これを一度服用すれば体内の遺伝子組成が微妙に変わり、それ以降の服用は必要ない、つまり継続的に飲み続ける必要がないのです。これを発明できたときには、いやあ、目ん玉が飛び出るかと思いましたよ」

 こうしてイヴ以外の全員がこの薬を服用し、オカメ鳥に対する耐性を身につけた。それを見ていたイヴがやや不満げな表情をしていたのが気にかかり、アダムはその日の夜、寝室でイヴに尋ねてみた。

「以前私が『オカメ鳥には雄しかいないので人間をオカメ鳥化して雌に変え、子孫を残す』と言ったことを覚えていますか」

「うむ、覚えておるとも」

「あのような薬があっては、オカメ鳥の皆さんが子孫を残せなくなってしまいます」

「しかし以前、交尾しているオカメ鳥を見かけたのだが」

「あれはホモカップルです」

「割とたくさん見かけたのだが」

「雄しかいないのでいろいろ高まっているようです」

「成る程よくわかった。何か手を打とう」

 そして三日後、集められたオカメ鳥にイヴは開発したてほやほやの薬を渡した。それはオカメ鳥用の性転換薬であった。

 こうしてオカメ鳥と人間がこの地で繁栄していく基盤が整いつつあったそのとき、思いもよらない知らせが入った。トンガリ王国軍がデップリ王国に攻め込んだのだ。

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