十四 焼肉

 プリンプリン博士とオカメ鳥がしっかりと見つめあった。

 誰もが予想した。プリンプリン博士が思い切り吹き出す姿を、そしてオカメ鳥に突かれる姿を、オカメ鳥と化した姿を。

 そのまま数秒間が過ぎた。

「吹き出さ……ない……?」

「馬鹿な、そんなはずは……」

 想定外の事態。誰もが、時が止まったように固まっていた。全員が固唾を飲んで見守る中、オカメ鳥と見つめ合うプリンプリン博士は、驚きの声を上げた。

「なぜ……なぜワシは笑わない? それに……」

 プリンプリン博士は腕にグッと力を込めると、ひょいっとオカメ鳥の上に飛び乗った。

「身体が軽い! 力が……力が湧いてくる! 数十年前に戻ったかのようじゃ!」

 博士は嬌声を上げ、オカメ鳥と共にアイスィンクソウの草原を駆け回った。それをぽかんとして眺めていたアダムとその部下たち。その中から「なるほど」という声が上がり、全員が一斉にそちらを向いた。

「わかったぞ」

 新進気鋭の生物学者、メンタマ・トビデルが叫んだ。彼の専門は植物学であり、動物を専門とする老生物学者バイオ・ジジーとは師弟の関係にあたる。

「アイスィンクソウの根はオカメ鳥化した人間を元に戻すワクチンに加工できる。茎には猛毒が含まれているが、少量の摂取ならば逆にハイになり、体力、食欲、精力増進効果があるという。急いでこの大群生を突破しようとしてオカメ鳥たちがアイスィンクソウを踏み荒らした結果、踏まれたアイスィンクソウの根と茎に含まれる有効成分が細かな粉末となりて舞い上がり、オカメ鳥から落ちかけたプリンプリン殿の体内にほんの少し入ったのだ。だから彼にはオカメ鳥の顔への耐性がつき、おまけにあんなに元気になっているのだ。おそらく彼の肉体は今、若かりし頃の健康な状態に戻っている」

 全員がなるほど、と頷いた。

「この成分を詳しく調べれば、オカメ鳥の顔を見ても笑わぬようになる特効薬ができるだろう。これはつまり、オカメ鳥との共同生活が、可能であるということだ!」

 うおお、と全員が拳を天に突き上げた。

 こうして、再び行軍は開始された。よぼよぼだったはずのプリンプリンはびっくりするほど元気になってしまい、有り余る元気を持て余した挙句シリム・チーリへの愛を叫び、逃げる彼女に追いすがるようにして抱きついたが、ちょうど彼女の尻に抱きついてしまったせいでゆうに百メートルは吹っ飛ばされ、岩壁に激突した。アイスィンクソウの効果の為せる技か、彼はそれでも起き上がってはシリム・チーリに突進していったので、アダムたちは驚き呆れた。

 オカメ鳥は走り続けた。幾度もゲンシカン・スーとドー・カン・スーが演算した数学的平面スロープによって岩壁を難なく乗り越え、アイスィンクソウを踏み荒らし、光の速さで駆け続けた。

 そうして、とうとう辿り着いたのは最後の難関。その向こうには約束の地、我らが王国の建設予定地が燦然と光り輝いて一同を待ち受けている。しかし、ああ、何ということだろう! その前に立ちはだかっているのは、なんとゲラゲラヘビ。ビラビラガマガエルの洞窟にて、ディーン・ファインの投げ槍とシリム・チーリの尻の合わせ技で粉々にしたはずのゲラゲラヘビが、鱗を煌めかせて立ちはだかり、いや、寝はだかっているのだ。

「地獄から舞い戻ったぞ」

 ゲラゲラヘビはゲラゲラ笑いつつ吠えた。

「この前はよくも俺様の顔を粉々にしてくれたな。だが残念、ゲラゲラヘビは二つの命を持つ。一度死んでも復活できるのだ。お前ら全員食い殺してくれるわ」

「質問がある」 

 アダムが叫んだ。

「何回までは生き返ることができるのか」

 ゲラゲラヘビはゲラゲラ笑いつつ吠えた。

「恥ずかしながら、一回だけだ。二度目はない」

「では、このアイスィンクソウの毒に耐性はあるのですか」

「いや、ない。だから地下にトンネルを掘ってやってきたのだ」

「では、宿敵に再会した今のお気持ちをどうぞ」

「そうですねー、やっぱり、前回の負けは不意打ちによるところが大きいと思ってますのでー、はい、今回はね、気を引き締めていきたいなあ、と」

「なるほど。具体的には、どのような策を?」

「まずは、えーと、前回してやられた二人をね、真っ先に、はい、食い殺そうと思ってますが、まあ臨機応変に」

「これは期待できますね。今回のインタビューはゲラゲラヘビ選手でした! ありがとうございましたー」

「ありがとうございました……って、おい!」

 いい気持ちでインタビューに答えていたゲラゲラヘビは我に返って怒鳴った。

「危ない危ない、またお前のペースに乗せられるところだった。さあ食い殺してやる、覚悟はいいか」

「こっちのセリフじゃ」

 下から聞こえた声と風切り音。

「いてっ」

 突然走った痛みにゲラゲラヘビが驚いて下を見ると、自分の胴体に投げ槍用の槍が突き刺さっているのが見えた。

「笑止」

 ゲラゲラヘビはゲラゲラ笑った。

「あのデカ尻がなければ、こんなもの痛くも痒くもないわ」

「今『いてっ』って言ったくせに」

「ええいうるさ……い……あれ?」

 ゲラゲラヘビの体がぐらりと傾いだ。そのままゆっくりと倒れ伏し、砂埃がもうもうと舞い散る。

「これは……何を……」

「お前がいい気持ちでインタビューに答えている間に、その投げ槍にはアイスィンクソウの茎の汁をたっぷり塗りつけておいた。微量ならば薬になるそれは、多量摂取すれば猛毒となり死に至る。そしてお前がこの毒に耐性を持っていないのは、先程のインタビューで確認済みだ」

「おのれ……!」

 呻くゲラゲラヘビに、もはやゲラゲラ笑う気力は残されていなかった。

「相手が悪かったな。安らかに眠るがよい」

 ゲラゲラヘビはゆっくりと目を閉じ、息を引き取った。

 葬儀はしめやかに営まれ、ゲラゲラヘビの遺体はメンタマ・トビデルの入念な解毒とアク抜きの後に火葬にされ、ほどよく焼けたところで切り分けられて全員に配られた。淡白な塩味だけの肉であったが、大変美味であった。

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