十三 大群生
「……今何とおっしゃいました?」
部下の一人が恐る恐る問いかけるが、アダムは至って平然と答えた。
「オカメ鳥と共に先に進む、と言ったのだ」
アダムがそう言った途端、嵐のように非難が噴出した。
「正気ですか!」
「オカメ鳥と一緒に行動だなんて!」
「笑ってしまう!」
「絶対に嫌です、絶対に嫌です」
「オカメ鳥になってしまう……!」
「勘弁してください」
「オカメ鳥化するのは嫌だ」
「蒸しパンが食べたい」
「我々がオカメ鳥になってもよいというのですか」
「御免被ります」
「行きませんからね、ええ行きませんとも」
「うわあ」
非難は際限なく続いたので、仕方なくアダムは声を張り上げた。
「ええい静まれ、おとなしくしろ、うるさいうるさい一旦黙れ」
口をつぐんだ部下たちに、アダムは諭すように語りかける。
「オカメ鳥の顔を見なければよい、それだけの話だろう。というわけで、イヴ、もう一度行ってくれ。今度伝える内容は『人間が歩けぬ泥沼もお主らの背に乗せてもらえれば進める、お主らの登れぬ岩壁も私たちが工夫すれば上へと進める。共に行こう』これだけでよい」
「かしこまりました」
イヴは集落のほうに駆けていった。
「ああ、なるほど! 背に乗ればオカメ鳥の顔を見なくて済みますな」
「おお、そこまできちんと考えてあったのか」
「さすがは我らが王」
掌を返してアダムを褒め称える部下たちを、アダムは一喝した。
「たわけ! そのくらいのこと、言われずとも自分たちで考え付いて当然であろう! これから国を造るのだぞ、一人一人に今まで以上に働いてもらわねばならぬのだぞ。私には私の仕事がある、お主ら自身で判断し、行動できるようになってもらわねばならんのだ」
部下たちは小さくなってそれを拝聴した。
「よいか、ゆくゆくはお主ら一人一人が責任ある立場に就き、それぞれの専門分野に於いては私と同等の決定権を持つことになるのだ。それを自覚してくれ」
部下たちは大きく頷いた。
しばらく経って、少し離れた場所から「皆さん下を向いてくださーい」というイヴの声が響いてきたので、一同やや緊張した面持ちで下を向いた。
「連れてきました。オカメ鳥の方々は全部五十、皆さん足腰頑健で、人一人載せるぐらい造作もないとおっしゃっておられます」
「なんと!」
アダムが叫んだ。
「現在ここにいるのは四十七人、そして今ここにいないアンとポンとタンを合わせて我々もちょうど五十人! これが神の計らいでなくて一体何だというのか! 我々の行く手は明るいぞ」
部下たちは下を向いたまま「おおっ」と拳を天に突き上げた。
「では、手近なオカメ鳥に乗るがよい」
それぞれが背中に乗ろうとすると、オカメ鳥は少し屈んで乗りやすいようにしてくれた。案外気配りもできる、これは確かに高度な知能を持っているのやもしれぬと納得し、やや安心して皆は背中に乗り込んだのだが、乗り込んでしまえば顔も見えぬ、それに座るとふかふかの毛が心地よい。一同揃ってオカメ鳥に対する評価を大幅に改めたところで、アダムが出発の号令をかけた。
「それではオカメ鳥の方々、お願いいたす。いざ」
それをイヴが翻訳してオカメ鳥たちに伝えると、オカメ鳥たちは一斉に走り出す。軽快なステップで走り、ドロヌマングローブ3の中へと分け入っていく。泥沼の上をあまりに軽快に走るのでアダムが不審に思って下を見てみると、オカメ鳥は右足を踏み出し、踏み出した足が沈む前に素早く左足を踏み出していた。それを繰り返すことで走り続けていたのだ。
「なるほど、こうすれば沈まずに進めるのか」
アダムはいたく感心した。
「しかし人間にはできまいぞ」
そのままオカメ鳥たちは、それぞれ人一人乗せているとは思えない速さで駆け続け、わずか数時間、驚くべき速さでドロヌマングローブ3を抜けた。
「なんと、もう着いたのか」
「これはすごい」
「乗り心地は大変良かった、ありがとうオカメ鳥の若者よ」
部下たちもオカメ鳥とやや仲良くなったようで、決して顔は合わせないようにと気をつけてはいるものの、乗る前よりもリラックスした姿が散見された。さて、目の前にあるのは一面真っ赤な大草原、そう、あのアンポンタン三兄弟が現在駆除に精を出しているであろう、アイスィンクソウの極大群生である。
「では、ここからが難所だ。イヴよ、翻訳を頼んだぞ」
「はい」
「まずは、このアイスィンクソウの大草原を走破してもらう。我々が毒に侵されぬようできるだけ早く走り、そして岩壁の前に近づいても立ち止まらぬよう伝えてくれ。そして微分者ドー・カン・スーと積分者ゲンシカン・スーよ、出番だぞ」
「おお、何なりと!」
「どうぞお申し付けくださいませ」
「あの岩壁を登れるようにスロープを取り付けたい。適切な位置に原点をとり、平面を描いてくれ」
「なるほど! さすがはアダム様、仰せの通りに」
「よし、xyz座標上にてy=x/5の平面を具現化するのだ」
「微分者と積分者が揃えば、多重積分恐るるに足らず」
イヴが岩壁の前に平面ができるからそこを駆け上がれる、ということも含めて全てをオカメ鳥たちに伝えると、皆一斉に走り出した。
人間が胞子を吸わぬように、と全力を出して駆け出したオカメ鳥のあまりにも急激な加速に、老体は耐えられなかった。「うおおっ」ご老体のプリンプリン博士がずるりと滑り落ち、慌てて落ちぬようにオカメ鳥の首を掴んだはいいものの、そこを支点にプリンプリンの身体は半回転、つまりは背中に乗っていたはずがオカメ鳥と抱き合うような形になった。
プリンプリン博士とオカメ鳥がしっかりと見つめあった。
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