十二 目的地

 オカメ鳥の集落から帰ってきたイヴは、静かに交渉の成果を告げた。それは驚くべきものであった。

「ここは小さな集落です。暮らしているオカメ鳥の皆さんの総数はおよそ五十。ここの皆さんは、その昔、濡れ衣を着せられて群れを追放された方々だそうです。そのためこのような辺境の地に追いやられ、現在では静かな暮らしを営んでいるとのこと」

「濡れ衣とは」

「罪状は『オカメ鳥と人間との戦争を裏で操り、莫大な数の人間を裏でオカメ鳥化して自分たちだけ伴侶を得た』というものですが、それは全くの嘘、あの方達は本当は、密かに戦争を止めようと動いていたそうです。それを、第四次人鳥戦争を引き起こした犯罪鳥集団『オカメナットウ』に嗅ぎつけられ、罪を被せられたと」

「待て待て」

 生物学者バイオ・ジジーが割って入った。

「お主の言い方では、オカメ鳥にも知能や社会があるように聞こえるぞ」

「ええ、あります」

 バイオ・ジジーはぎょっとした顔をした。

「オカメ鳥の方々には、我々に勝るとも劣らぬ知能と高度に発達した社会があります。それは私の幼い頃の経験によるものであり、実は私はオカメ鳥の方に命を救われたことがあるのですが、そのときに自分の目で見て、自分の耳で聞いたものです」

 イヴは腰に手を当て、周囲を少し睨んだ。

「そうそう、私は何も仕事をしていないように思われていたようですが、実は幼い頃に学んだオカメ鳥の方々の言葉を書き起こし、翻訳を試みていたのです。その結果、オカメ鳥の方々とのほぼ完全な意思疎通に成功しました。成果は今申し上げた通り」

 イヴはむん、と胸を張った。

「これで私が何もせず、ただアダム殿のお側にいるだけだなんて言われる筋合いはなくなりましたね!」

 数人がバツの悪そうな顔で下を向いた。

「……なるほど、ではわしはオカメ鳥の研究を一からやり直さねばならんのう」

 バイオ・ジジーが悲しそうに言った。

「いいえ、むしろオカメ鳥に知能がないという前提が覆ったことによって今までのオカメ鳥研究の矛盾点が全て解消できるはずですよ。あなたの書いた学術書『オカメ鳥学入門』『オカメ鳥学への誘い』『オカメ鳥学講義』をお読みしましたが、なかなかのレベルです。あれならばきっと」

「ほう、言われてみればその通り。イヴさん、いや、イヴ殿、暇があったらわしの研究に協力しておくれ。より素晴らしいものができそうじゃ」

「ええ、喜んで」

 アダムが割って入り、先を促した。

「それはともかく、さあイヴ、報告の続きを」

「はい。それで、このような辺境の地、食料も満足にあるわけではなく、もしもこの先の地に王国を造るというのなら、統治によってはそこに移住したいとも言っていました。さて、ここは三つのドロヌマングローブに囲まれた長草平原であり、我々はドロヌマングローブ1を超えてここに到達したわけですが」

 イヴは地面に地図を描き始めた。

「あの方達の測量によると、ドロヌマングローブ2は1、2、3の中で最も広く、ひたすら続く泥の森、あまりに広大なため森の全域の調査はできていないらしいのです。とはいえドロヌマングローブ2はどうやらビラビラガマガエルやモサモサヤギ、ゲラゲラヘビ、ニジイロモモンガなどの危険動物のすみかとなっているようですので、あまり近づきたくはありませんね」

 残ったドロヌマングローブ3の先に、イヴはギザギザした線を何本も描いた。その先にぐるぐると丸を付ける。

「ドロヌマングローブ3を抜けると、そこはアイスィンクソウの大群生とごつごつした岩壁が交互に並んでいる複雑な地形となっており、その遥か先にはどうやら安定した気候に肥えた土地、豊富な水、全てが揃った我々の目指す常春の楽園があるらしいのです。あの方達も何度もそこに向かおうとしたらしいのですが、翼はあるものの飛ぶことができないあの方たちは、どうしても岩壁を乗り越えることができなかったとのことです。しかしアイスィンクソウには耐性があるらしく、あの方たちの丈夫な足ならアイスィンクソウの鋭い葉にも硬い根にも毒の胞子にも負けず、大群生は難なく突破できるとおっしゃっていました。岩壁の高さは数メートル、我々人間なら登れない高さではありません。協力すればあるいは」

「なるほど、ありがとう」

 アダムが進み出た。

「今聞いた通り、ドロヌマングローブ3を抜ければ道は先に続いている。そしてその道の先には、まさに我々が目指す楽園、王国建立予定地が燦然と輝いて我々を待っているのだ。我々の旅の目的地には着々と近づいていたのだ、さあ、もう一息だぞ」

 全員が歓声を上げた。

「よって、オカメ鳥と協力して人間とオカメ鳥合同で目的地へ向かう」

 歓声がぴたりと止んだ。

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