十一 集落

 さて、合流したアダムたちは苦労しつつもドロヌマングローブ1を乗り越え、その先へと歩を進めていた。

 そこは地形こそ平原であるものの、背の高い草が視界を遮り、前が見えない。一行は草をかきわけかきわけ、じりじりと先に進んでいった。

 そこでアダムに近寄り、耳打ちしたのはアダムの部下の一人ツギハギである。

「アダム殿」

「何だ」

「お話ししたいことが」

 アダムを草陰に連れ込み、ツギハギは囁いた。

「イヴ殿のことです」

「ほう」

「我らはアダム殿の部下としてあなたに忠誠を誓った者ばかり、ですが最近、その中から不満が出始めているのです」

「不満、とな」

「はい。主に女性陣からなのですが、万能なる王であるアダム殿に対してイヴ殿は特に何ができるわけでもなく、それなのに妻としてアダム殿のもっともお側に仕えているのが我慢ならん、と……。そして、一番の要因が」

「容姿だな」

「……」

「よいよい、それは私も当人もわかっておる。さて……」

 アダムは考え込んだ。確かにイヴは今の所、何の才能の片鱗も見せていない。それはイヴの「対オカメ鳥コミュニケーション」という極めて限定的な能力に他ならない。そして、イヴよりも容姿が優れている者たちが待遇に不満を抱くのも仕方のない話ではある。

「うーむ……しかしイヴの前では私はこの上なく安心できる……イヴがいなかった頃のどこか張り詰めた精神を、彼女は柔らかく解きほぐしてくれる……王としての期待、そんなものではなく、私を等身大の一人の人間として見てくれる……そんな人が彼女以外にいるだろうか、いな、いない。しかし、それをイヴを含めた皆の前で宣言でもしようものなら、今度はイヴが恥ずかしくて皆の前に出てこられなくなるだろう……やれやれ、これは困った。一度オカメ鳥の群にでも遭遇すれば、イヴの凄さもわかろうというものだが」

 アダムが頭を抱えていると、集団の先頭から声がかかった。

「アダム様! オカメ鳥です!」

「なんと、そんな都合のよいことが」

 アダムが先頭に行くと、その先は草地がぽっかり開けていた。そして、たくさんの藁の塔のようなものが立ち並んでいた。

「あれはおそらくオカメ鳥の住居でしょう」

 先頭の生物学者バイオ・ジジーが言った。

「どうやらここはオカメ鳥の集落」

「なんということだ、御誂え向きではないか」

「えっ」

「あ、いや、なんでもない」

「ではどうします、アダム様、これでは先に進めません」

 アダムはニヤリとした。

「全員集まってくれ」

 集まった面々は、オカメ鳥にややビクビクしながらアダムの話に耳を傾けた。

「この先にオカメ鳥の集落がある。しかし、我々の力をもってすれば、オカメ鳥の集落さえも乗り越えることが可能だ。今回のキーパーソンは皆にとっては意外だと思うが……ではイヴ、頼んだぞ」

「はい」

 進み出たイヴに一同は驚きの表情を見せた。

「ここを通過する許可と……そうだな、できればこの先の地形なんかも聞いてもらえるとありがたい」

「わかりました。では、少々待っていてくださいね」

 イヴはオカメ鳥の集落のほうに歩み去っていった。

「さて、あのイヴは私の妻である。妻ということでお主らと少々別の扱いをしてしまったこと、申し訳なく思う。しかし」

 アダムは少し頭を下げ、そして顔を上げた。

「彼女を妻とし、そして今回同行させたのにはきちんと理由があるのだ。彼女が持つ能力、それは『オカメ鳥の顔への耐性及びオカメ鳥とのコミュニケーション能力』であり、こうして初めて彼女がその力を遺憾なく発揮する機会に恵まれたというわけだ」

 一同はどよめいた。

「それに加えて、イヴは私の大切な妻であり、私の真の理解者である。もちろんそれはお主らが私を真に理解していないというわけではないぞ。彼女は、私を一人の人間として見てくれるのだ。彼女といると私はほっとするのだ。それは、幼い頃より私が追い求め続け、そして手に入れたもの。彼女といるとき、私の心は王としての重圧から解き放たれる。私を王と慕ってくれるお主らとはまた違った面から私を支えてくれているのだ」

 アダムは言葉を切り、部下たちの顔を眺め回した。

「つまり、彼女の存在意義は、彼女の顔とは全くもって無関係」

 数人が恥じ入った顔をした。

「人を外見でのみ判断するような矮小な人間は私の王国には必要ない。そして、諸君らの中にそのような人間はいない、と信じている。彼女は紛れもなくこの集団の一員である。それをわかってくれ」

 部下たちは一も二もなく頷いた。

 こうして、ずっとアダムの側にいたイヴに対して部下たちが抱いていた疑問は、すっきりと解消された。彼女もまた有能かつ必要な人材であったのである。


 一方その頃、デップリ王国の隣国であるトンガリ王国の精鋭かもしれない部隊がデップリ王国への潜入を行っていた。

「隊長、見てください」

「なんと、検問所が」

「あれはもしかして」

「戦争の準備かもしれない」

「さっそく帰って報告するのだ」

 こうしてデップリ王国が戦争の準備を始めているという誤報を受けたトンガリ王国上層部は、それに対抗すべく戦争の準備を始めた。

 デップリ王国の女王は、アダムが去ったのち、国中にアダム検問所はもう不必要であるとの通知を出したが、苦労して検問所を作った軍隊からの反対意見もあり、それを抑え込んで解体するのに時間がかかったのだ。潜入していた精鋭部隊が国を去った後、やっとのことで検問所の解体作業が始められた。一足遅かったのである。こうしてトンガリ王国の戦争準備の報は当然ながらデップリ王国にも届き、もともと仲がよくなかったデップリ王国とトンガリ王国の間では徐々に戦争の機運が高まりつつあった。

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