七章 別離
約束
それは、研究所から脱出を試みる数日前のことであった。施設内部の見取り図を手に入れて、テュランとサヤが必死に外へ続く道程を覚ようとしていた時だった。
ふと、テュランの胸に黒い靄のような不安が生まれた。
「どうしたの、トラちゃん?」
「ぼく……おそとのこと、しらないから。もし、おそとにでて……でも、おねえちゃんとはぐれちゃったらどうしよう……」
ぽつりぽつりと、震える声で。彼女が話す外の世界というのは、テュランにとっては夢物語なのだ。この研究所の外に実在するなんて信じられなくて。
そんな世界にもし、独りで置いてきぼりにされたらどうすれば良いのか。考えだしたら止まらなくて、ついには情けなくもぽろぽろと涙が零れてしまう。
「うう、ぼく……しらないところで、ひとりぼっちになるの……いやだよう」
「大丈夫よ、トラちゃん。お姉ちゃん、絶対にトラちゃんを一人にしたりしないもの」
「でも、でもぉ」
何度拳で拭っても、一度流れた涙は止まらなくて。するとおもむろに、サヤがテュランの頭をぽんぽんと撫でた。
自分が知る、数少ない優しい感触。たったそれだけのことなのに、心がじんわりと温かくなる。
「じゃあ……待ち合わせ場所を決めようか」
「まち、あわせ?」
「そう、待ち合わせ。待ち合わせっていうのは、あらかじめ二人で場所を決めておくの。そして、もし二人がはぐれちゃった時に、そこに行って相手を待つの。そうすれば、また会えるんだよ?」
「……すごい、おねえちゃんあたまいいね!」
「ふふん、お姉ちゃんだもん」
そう言って、得意げに鼻を鳴らすサヤ。でも、とすぐに言い淀んでしまう。
「んー、肝心の場所はどうしようかなぁ……あの公園、は場所が複雑だし。アイスクリーム屋さん、はたくさんあるし……そうだ! 待ち合わせ場所は、アルジェントで一番高いタワーのてっぺん!」
「タワー?」
「うん。前にね、おとーさんとおかーさんに連れて行って貰ったんだ。名前は、忘れちゃったけど……そこの展望台からはね、アルジェントの景色を一望できるんだよ?」
その時は、彼女の話を半分くらいにしか理解していなかった。それでも、テュランは頑張って覚えた。
「アルジェントで、いちばんおおきなタワー……その、てっぺんにいけば、おねえちゃんにあえるの?」
「そうだよ。お姉ちゃんは絶対に行くから、ちゃんとそこで待ってるんだよ?」
「うん!」
いつの間にか、心の中の不安は跡形もなく消え去っていて。テュランは無邪気な笑みで、力一杯に頷いて見せた。
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