苦渋の決断


 監視室を後にして、ローランは足早に執務室へと向かう。サヤとアーサーにはああ言ったものの、彼にとっては今のテュランは瀕死の猫でしかない。

 側近達の手腕を疑っているわけではないが、テュランが持つ情報など待っているつもりなど最初から無かった。執務室の扉を乱暴に開けて、自分の机にある受話器を掴む。


「……アクトンか、今から執務室に来てくれ。話がある」


 それだけ言って、すぐに受話器を置く。大統領が背負うべき重圧にふらつきながらも、何とか椅子に腰掛けて背もたれに身体を預ける。

 サヤの経歴はローランとアーサーを含めた数名のみが知ることだが、まさかテュランとそこまで深い仲であったとは。遠い親戚であるアーサーもそうだが、サヤのことも実の子供のように思っている。だからこそ彼女の思いを尊重するべく、今はテュランを二人に任せたのだ。

 本当ならば、この手でテュランを八つ裂きにしてやりたい。


「全く……生き難い世界だな」

 

 胸中で煮えたぎる怒りを飲み下し、深呼吸を繰り返す。何度かそうしている内に、静かな空間にノックの音が転がった。


「失礼します、閣下。お待たせして申し訳ありません」

「いや、悪いのはこちらだ。急に呼び出してすまないな」

「いえ……それで、お話というのは?」

「ああ、ヴァニラが言っていた終末作戦の件だが。残念ながら、テュランから作戦内容を聞き出すことは不可能だと判断した」


 出来るだけ平静を装うも、ローランの苦心が伝わってきたのだろう。アクトン隊長も視線を逸らし、溜め息を吐いた。


「そうですか……では、『予定通り』ということで宜しいですか?」

「ああ、全ての責任は私が取る」


 もっとも、これまでの被害だけ見ても、大統領の命一つだけでは償いきれないほどなのだが。人としての倫理には背いているかもしれないが、ローランには代表として国民を護る義務があるのだ。


「どれだけ非難されることになろうが、もうこれ以上この国を人外なんかの好きにさせたりしない。悪いな、アクトン……長い間アルジェントの為に尽くしてくれたのに、こんな汚れ役を担わせてしまって」

「謝らないでください、閣下。自分もいい加減歳ですから……現役最後に大仕事を片付けて、後は若いヤツらに任せて田舎にでも引っ込みます」


 困ったように笑うアクトン隊長。思えば、アーサー達よりも彼との付き合いの方がずっと長い。どんな熾烈な戦いでも、彼はローランが想定する最高の結果を残してくれた。そんな彼の現役最後の任務としては、あまりにも酷だ。

 ローランは背もたれにを軋ませながら、頭上を仰ぐ。神に許しを請うように、犠牲となった国民に懺悔するように。しかしそこには何も語らない、無機質な天井があるだけだった。

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