魔法

 アーサーが唸るように問えば男、吸血鬼のジェズアルドが満足そうに嗤った。


「今、一体何が……?」

「さてさて、ヴァニラさんから自分の分まで痛めつけてくるように言われているので、お相手が女性だろうと手加減無しでいかせて頂きますよ?」


 そう言って、ジェズアルドが指輪を嵌めた指を立てる。次の瞬間、紅の宝石がぼんやりと光ったかと思えば、その細い指先におぞましい程轟々と燃え上がる火球が現れた。

 彼の手はやはり、武器どころかライターすら握っていない。


「なっ、何もない場所から炎が!?」

「……なるほど、『魔法』か」


 アーサーが顔を顰める。魔法、それは現代社会において物語の中でしか見られない、架空の能力。だが太古の世界では、人外だけでなく人間にも魔法と呼ばれる力が存在し、道具を使わずに意のままに水を凍らせたり風を呼ぶことが出来たらしい。

 古の時代へ忘れ去られた遺産。しかし永遠に近い命を持つ吸血鬼の中には、未だに魔法と呼ぶしかない芸当を見せる個体が存在する。これまでにも何十体もの吸血鬼をほふってきたが、魔法などという芸当を見せた者は初めてだ。

 数日前に、アーサーが言っていた話を思い出す。ジェズアルドが本当に真祖カインであるのなら、人外を百体同時に相手にすることよりも遥かに危険だ。


「ヴァニラさんには見る影も無いくらいに黒焦げにして来いって言われたんですけど……個人的には生焼け状態から染み出る血がたまらなく好きなんですよねぇ」

「くっ……」


 まずい。銃や剣を使う相手ならまだしも、魔法などという得体の知れない相手と戦えるのだろうか。刀の柄を掴むも、手が震えて鞘から抜き放つことすら出来ない。

 そんなサヤの心情を察したのだろうか。サヤとジェズアルドの間に、アーサーが割り込んだ。


「アーサー?」

「サヤ、ここは俺に任せてくれ。あの吸血鬼は俺が何とかしてみせる」


 言って、アーサーがジェズアルドとの距離を一気に詰める。堅く握られた拳が、放たれた火球を難無く撃ち砕く。


「おやおや、貴方が先に燃やされたいんですか? でも、確か貴方の身体は殆どが機械仕掛けの金属まみれでしたよね。うーん、流石にオイル漬けになった血は遠慮させて頂きたいのですが」

「軽口を叩けるのも今の内だ。その程度の炎、俺には効かない。観念しろジェズアルド……いや、真祖カイン!」


 弾丸のような勢いをそのままに、ジェズアルドに強烈な打撃を繰り出すアーサー。だが、まるで蝙蝠のようにひらりと躍るように避けられてしまった。


「おっと……ふふっ、まさかカイン様と間違われるとは。いやいや、流石に恐れ多いですよ」

「惚けるな!!」

「アーサー!」

「アッハ! コッチのコトも忘れて貰っちゃ困るんだけど?」


 背後から襲いかかる巨大な刃を、サヤは辛うじて避ける。テュランがすぐにして後ろに飛び、凶悪な大剣を両手で構え直した。


「くっ!?」

「サヤ、俺のことは良い! きみはテュランの身柄を確保するんだ!!」

「くくっ……そんなにカレシのことが心配かよ、おねえちゃん? マジで妬けるなー……まあ、大好きな彼氏を黒コゲにされたくなかったら、とっとと俺を殺して加勢した方が良いぜ」

「……いいえ、殺さないわ」


 サヤは覚悟を決めて、刀を抜いた。殺さないという言葉に驚いたのだろうか、テュランが双眸を大きく見開く。


「……前に会った時とは真逆のコトを言ってる気がするんだけど」

「トラちゃん、貴方には大勢の人を殺してしまった罪を償わなければいけない。だから、私は貴方を殺さない」

「へえ……でも、俺は罪の意識なんかコレっぽっちも感じてないし、償う気なんてモチロン無い。手加減するのは勝手だケド……それでブッ殺されても文句言うなよ!!」


 テュランの大剣が煌めく。サヤは大きく息を吸って、一気に集中力を高める。サヤの持つ超能力、テレポートを駆使すれば彼に有効打を与えて無力化することくらい難しくは無い。むしろ、サヤの刀は暗殺や殺人術に近く、テュランを殺さないように仕留めるという一点に集中しなければいけない。

 爪先まで力を集中させ、一瞬先の未来を脳内に描く。サヤの能力は、戦場での主導権を握りどれだけ鮮明にイメージ出来るかどうかで精度が決まる。今までに数え切れない訓練と実戦を重ねてきた、その自信がサヤの能力を際限なく底上げする。

 加えて、前回の戦いでテュランの癖は把握済みだ。彼は左利きであるからか、右側からの攻撃の反応が僅かに遅れる。そこを突けば、彼に無駄な怪我を負わせずに気絶させることが可能であろう。


「……そこか」

「――え?」


 サヤがテュランの右側へ移動するまでに要した時間など、彼には体感することも出来なかった筈。そうであるにも関わらず、サヤが床を踏むと同時にテュランの大剣が彼女を完全に狙っていた。

 間一髪のところで、刀で大剣を受け止める。彼の一撃はサヤと同等の速さでありながら、呼吸が出来ない程に重い。


「ぐっ……どう、して」

「ちぇっ、これでもダメか」


 テュランが舌を打つと、サヤの刀を弾くようにして距離を取る。両腕がびりびりと痺れ、溜まった息を何とか吐き出し呼吸を整える。信じられないことに、数日前とはまるで別人のようにテュランから隙が無くなり、立ち回りの癖さえも修正されている。

 改めて、テュランの戦闘能力の高さを思い知らされた。

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