突入


「……とにかく、テュランの身柄を早急に確保しないといけないな。最悪の場合は、この学園ごと焼き払うことになるかもしれない」

「ええ、まずは彼の居場所を特定しないとね」


 そう言って、サヤが人質となっていた学生達を見回す。すぐに目星を付けたのか、救護テントの前で座り込む一人の少女の元に駆け寄った。

 長い茶髪を二つに分けて結い、眼鏡をかけた小柄な女の子だ。


「あなた、ちょっと良い?」

「え? あ……はい」

「私、サヤっていうの。こっちの男の人はアーサー。あなたは?」

「メイナ、です」


 膝を付き、目線を合わせてサヤが少女に話しかける。歳の近い女性同士だからか、どうやら他の隊員よりも話し易いらしい。


「メイナ、ね。何年生?」

「……二年生です。二年のBクラス」

「メイナは、人外にはいつ襲われたの?」

「二限の授業が始まってからすぐでした。Bクラスは教室で国史の授業だったんですが、担任の先生が人外に……大きなナイフを突き付けられてて、それで」


 一体どれだけの恐怖が彼女を襲ったのか。嗚咽交じりに言葉を紡ぐメイナの肩を、サヤが優しく抱きしめた。彼女が言うには、人外達は学生達がその時間に居た場所によって生かすか殺すかを決めていたらしい。

 事実、外で体育やその他の授業を行っていた学生達は皆惨殺されている。見せしめの意味と、不要な人質はさっさと片付けてしまいたかったのだろう。


「そう……それは怖かったわね。それで、貴方はトラちゃん……テュランの姿は見た? あなた達と同い年くらいの、雄のワータイガーなんだけど……」


 サヤが焦燥を露に訊ねた。テュランの姿は、数日前のテレビ放送により国内全土に渡って放送された。今ではほとんどの国民が、テュランの姿を記憶しているのだろう。


「あ……はい」

「そう、それはどこ? 答えられる?」

「体育館です。大体育館、そのステージの上に居ました」


 サヤの問い掛けに、メイナが答える。第一上級学校には用途によって体育館がいくつも存在するが、テュランはその中でも一番大きな体育館に居るということだろう。

 だが、妙だ。どうしてそんなにも答えられるのか。


「大体育館ね……そこに、トラちゃんが居るのね」


 そう言って、サヤが立ち上がる。どうやら彼女はメイナの不自然さに気がついていないらしい。


「待て、メイナ……俺からも一つ質問させて欲しい。テュランはどんな武器を持っていた?」

「え……?」

「アーサー、一体何を?」


 怪訝な視線を向けるサヤ。だが、このまま引き下がるわけにはいかなかった。メイナは人外の襲撃により、凄絶な恐怖を思い知ったことだろう。無理もない、荒事には全く耐性の無い女の子なのだから。

 しかし、何故その襲撃の首謀者であるテュランのことは平気でスラスラと答えられるのか。彼女の態度と言動は、明らかに矛盾している。


「テュランは人質に対して武器で恐怖を煽ったり、凶暴性を誇示する癖がある。ならば今回だって、人質の前には武器を持った姿を誇示している可能性が高い」


 特に、今回の人質は戦闘慣れしていない学生ばかりだ。それも、大勢を一か所に集めた上でのパフォーマンスともなれば、博物館から持ち出した巨大な剣を見せびらかしていたに違いない。

 テュランの姿を見ていたというメイナなら、答えられて当然の問いかけだ。


「…………」

「メイナ? 大丈夫?」


 だが、アーサーが思った通りメイナは答えなかった。彼女は軍事帝国アルジェントの中でも有数の進学校に通う学生なのだ、銃火器に詳しくなくとも剣か銃か、刃物か爆弾かくらいは答えられるだろう。

 それでも答えない。いや、きっと


「……もしかして、きみは――」

「アーサー、いい加減にして。その質問に何の意味があるの?」


 痺れを切らしたのだろう、サヤが詰め寄りアーサーを睨み上げる。鋭い眼光は、こちらの思惑を浅はかだと裁断するかのよう。


「これ以上はメイナの心理的ストレスになるわ。あとは救護の方達に任せて、私達はテュランの身柄を早急に確保しましょう」

「あ、ああ……そうだな」


 本当のところ、サヤ自身も落ち着いてなんかいられないし冷静さを欠いているのだろう。しかし、ここは彼女の言う通りにするしかない。


「彼は大体育館ね。第一上級学校の大体育館は体育館棟の最上階……出入り口は校舎二階からの連絡橋と外階段からの裏口……やはり、私とアーサーの二人で外から乗り込みましょう」

「ああ、わかった。アクトン隊長、後は頼みました!」

「ちっ、早く行け。他の人外は一匹残らず屠殺とさつしておく」


 アクトン隊長にこの場を任せ、アーサーとサヤは体育館へと向かった。そんな二人を見送るメイナが突如、ふっと糸が切れるように意識を失いその場に倒れこんだ。


「きみ……大丈夫か?」

「っ……」


 救護にあたっていた隊員が駆け寄り、メイナを抱き起こす。表情は些か険しいが、呼吸に乱れは見られない。


「何だ、気を失っただけか……ん? なんだ、痣か……この痣、何かに噛まれたのか?」

「おーい、ベッドが一つ空いたぞ。その娘、寝かせてやれ」

「あ、ああ……わかった」


 か細い身体が抱き上げ、隊員が救護テントへと向かう。埃臭い風が、メイナの首筋を掻き上げる。その肌に刻まれた二つの痣が、毒々しいまでの紅を戦場に晒していた。

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