困惑


 第五区は下級から上級学校、その他様々な教育機関が配置されている。テュラン達がこの区域を狙うという情報を入手したのは比較的早かったのだが、その意図が未だによくわからなかった為にかなり後手に出てしまった。


「くそっ、人外め……! 子供達を、よくも!!」

「アクトン隊長、落ち着いてください」

 

 アーサーが向かいに待機する男を宥める。ジョン・アクトンは大統領が直接指揮をとる隠密戦闘部隊『ランサー』の部隊長である。初老に近い男だが体躯はアーサーに勝り、顔面に刻まれた傷や右眼にはめた眼帯が歴戦の威光を物語っている。

 しかし、今回のことはアクトン隊長と言えども我慢の限界らしい。


「もう一度、作戦内容を確認します。我々、アーサーとサヤの二人でテュランを無力化させます。ヤツは何をしでかすかわからないので、私達以外は手を出さないようお願いします」

「あんなヤツ!! 遠距離から狙撃すれば良いだろう!?」

「第一上級学校周辺には学校よりも高い建物が少ない為に、現実的ではないと思われます。それに、万が一にも狙撃に失敗した場合、人質を盾にされ悪戯に被害者を増やすだけかと」


 既に学校内の半分以上の生徒が犠牲になっているとの情報もある。部隊の中でも強行突破しテュランを力づくで排除すべきであるという過激派と、これ以上の犠牲を増やさぬように事を進めるべきだという慎重派で意見が分かれてしまっている。


「とにかく、テュランは我々の二人で今度こそ止めてみせます。皆さんはアクトン隊長の指示に従い、学生達の救出と他の人外の排除をお願いします」


 本来、立場上の観点から見ればアーサーとサヤは他の部隊や組織と手を組むべきではない。しかし、今回は異例である。とにかく、テュランを止めなければこの惨劇は収まらない。

 それに、カインをおびき寄せる為にはテュランは生きているのが望ましい。


「では、これより作戦行動を開始します。何かあれば無線で連絡を――」

「ふん、精々死なないようにすることだな、ガキ共」


 アーサーにそう吐き捨てて、アクトン隊長率いる精鋭達は一斉に行動を開始した。集団でありながらも、その動きは見事に統率されている。

 彼等には彼等のやり方があるのだろう。残念ながら互いの協力体制は築けなかったものの、ここまで訓練されているものなら問題はないだろう。


「では、俺達も行くか……サヤ?」

「……ええ」


 アーサーの隣で、蹲るようにして座り込んでいたサヤが漸く顔を上げた。その瞳には、力強い光が宿っている。こういう表情をする彼女は本当に頼りになるのだ。


「今度こそ……必ず、トラちゃんを助けてみせる。それが、私が彼に出来るただ一つの償いだから」


 抱きしめるようにして抱えていた刀を、腰元に差し直すサヤ。数日前とはまるで別人のようだが、彼女の感情を大きく揺さぶっているのがテュランだというのが何だか腹立たしいものがある。

 それが何故なのか、今はあまり考えたくない。


「ヴァニラが負傷している今、テュランの傍にはジェズアルドが控えている可能性が高い。以前にも言ったが、ジェズアルドが真祖カインである可能性がある」

「ええ、危険なのは承知の上よ」

「そうか。だが、安心しろ。サヤ、きみはテュランを捕らえることだけを最優先に考えてくれて良い。ジェズアルドは俺が何とかして見せる」

「何とかって……何か秘策でもあるの?」

「まあ、少しは考えてきたというだけなんだけどな」

 

 アーサーが苦笑しながら、右の手首を左手で軽く擦る。アルジェントとオーロの技術で作られたこの義手は、本物の手足以上に頼りになる。

 そして、今日はサヤが言う通り『秘策』を隠し持って来た。


「よし、行くぞサヤ!!」

「ええ、アーサー!」


 先行した部隊に遅れて、三分後。アーサーとサヤが同時に駆け出す。テュラン率いる人外に占領された学園まではおよそ百メートル。障害物等を考慮しても、全力で走れば二十秒もかからないだろう。

 本来ならば、サヤは自身の超能力『テレポート』を使う方が格段に速い。だが、今回の作戦では二人のチームワークが必要なのだ。

 一人ではどうにもならないことでも、二人なら解決出来る。


「トラちゃん……どこ?」


 先行部隊による作戦展開は既に始まっていた。火薬に混じった、噎せ返るような血の臭い。今回の作戦は、この事態の迅速なる終息を最優先とする。多少の犠牲は厭わない。

 それは敵と味方だけではなく、人質達も含まれるということ。


「チーム『アルファ』と『ブラボー』は人外を一人残らず殲滅しろ! 『チャーリー』は人質達を救助しろ!!」


 次々と、何人もの学生達が助け出される。人外達の抵抗も止む気配が無く、弾幕と怒号、悲鳴に断末魔。獣人系の人外は、鼻や耳が良く効く。そんな弱点を突いた閃光弾や催涙弾が次々と窓から投げ込まれている。そして僅かな隙を付いて、人外に引き金を絞るのだ。

 恐らく、百人も助け出せれば良い方だと誰もが思っていた。だが、実際は違った。


「人質を発見! 四十人くらいだ、誰か手を貸してくれ!!」

「三階の調理室にも数十人の人質を発見した。負傷者は居るが、全員無事だ!」

「どういうことだ……人外の数が、想定よりもずっと少ないぞ」


 次々と運び出される人質達に、アクトン隊長が呻いた。彼の表情には、明らかに困惑の色が浮かんでいる。珍しいことだが、無理もない。

 『ランサー』はあくまでも戦闘に特化した部隊である。こんなにも人質を救出することが出来るとは思っていなかった為に、医療物資は多くない。


「……恐らく、ハルス病院の人質交換条件と同じでしょう。負傷者を保護するには物資も人手も必要ですから」

「くそっ!! どこまでもずる賢い猫だ!」


 事実、学生達の怪我は命に別条は無いまでも、早急に手当が必要なものばかりだ。負傷していなくとも一般人、それも成人に満たない学生達のケアに人員が割かれるのは致し方無い。


「仕方ない、本部に連絡して応援を呼ぶぞ!」


 そう言って、アクトン隊長が無線機に向かって現状を叫んだ。


「……アーサー」


 傍らから、サヤが名前を呼ぶ。彼女も憂いの表情を向けてきたが、アクトン隊長とは別の思いがあるらしい。


「妙だわ、人外の数が少なすぎる」

「どこかに潜んでいるのか?」

「ううん、そうじゃなくて……本当に負傷者の救助に人手を割くつもりなら、人外の被害が大きすぎる。でも、その目的以外の理由があると考えるならば、人外の数自体が少なすぎると思わない?」


 彼女が言うことは最もだった。人手を割くつもりなら、怪我人を放置して人外を何処かに潜めておくように配置すれば良い。だが、学生達を利用して何かをしでかすつもりだったのなら、彼等を見張っておく為にもっと人外達の手が必要だった筈。

 ならば、人外側のな犠牲にはどういう意味がある?

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