四章 捕獲

遊戯

 アルジェント国立第一上級学校は、所謂上流階級の子息と令嬢が通う巨大な飼育施設である。この学校に入学し、特に問題を起こさずに卒業出来れば、その後の未来は確定されたも同然となる。

 アルジェントである程度の地位を築いている者は皆、自分の子供の地位も出来るだけ優位な立場に置いてやりたいと思うらしい。


「生贄って、どういう意味があるか知ってるか? 神様って言うのは色んな国に存在するが、その中の大勢が生贄を寄越せば他のヤツらは助けてやるよって言ってるだろ。つまり、オマエ達人間サマが助かるには代価となる命が必要ってわけ」


 ステージの上に立って、テュランが言った。その右手には愛用の大剣、左手にはコードレスのマイクがそれぞれ握られている。広くてご立派な体育館の隅から隅まで声を届ける為には、必要不可欠なものなのだが。何だか気取った演説家のようで、あまり良い気はしない。

 まあ、そのくらいの不満は我慢するしかない。


「この国ではあまり一般的な宗教じゃねぇが……磔にされて処刑された男の話を知っているか? そいつは生まれた時から、周りの人間に神様だって崇められていたんだが、やがて人類全ての罪を許して貰う為の生贄となる為に処刑されたんだ。生贄っていうのは魂の重さによってその価値が決まる。つまり、豚や牛を生贄にするよりも人外や人間サマ自身を生贄にする方が価値が高かった。つまり、磔になった男は周りの人間サマに神様扱いされていたわけだから、人間サマは神様の命を捧げて許しを請うたってわけだ。その男は後で復活して本当の神様になった、なんてワケのわかんねーこじつけみたいな話があって、そいつを崇めれば救われるっていうのがその宗教の根底みたいなんだが、まあこの辺りの話は今のオマエ達には全く関係ねぇから忘れても良いぜ?」


 テュランが喉奥でくつくつと嗤いながら、眼下を見下ろす。そこには床に縮こまって座る学生達。凡そ千人程。元々この学校は三年制であり、襲撃した当初に千人程を無差別に殺し、更に千人を捕縛し欲求不満な人外達の玩具としてくれてやった。同じ学生服を着た屍が次々と運動場に積み上げられる様を見て、お坊ちゃんお嬢ちゃん方はすっかり怯えてしまったらしい。

 周りの人外達が銃を突き付けてはいるものの、学生達の手足は自由にしたままだ。少しは馬鹿げた抵抗を見せてくれるかと思いきや、箱入り共にはそんな度胸も無いらしい。


「……それじゃあ、本題に入ろうか。おい、準備は終わったか?」

「へへっ、バッチリです!」


 テュランが奥の出入り口付近に居た人外に向かって聞けば、人外が腕で大きな丸を作って頷いた。それを認めると、再び生徒達に向き合った。


「要するに、お前達人間サマが助かるには相応の犠牲が必要であり、それを決めたのはお前達が好きな神様だっていうことだ。だから、俺はその神様に従おうと思う。お前達に生き残るチャンスをやるよ」


 まるで石のように固まっていた生徒達から、初めてざわめきが起こった。同い年くらいの人間達から、様々な視線を向けられる。

 疑うように睨む者も居れば、助けを懇願するように見つめてくる者も居る。やっと求めていた反応を返してくれた。


「今、校内の至る所に色んな武器を隠してきた。箱入りなお前達でも扱えるような小型の銃やナイフ、更にはアルジェントが誇る最先端の長距離狙撃用ライフルや機関銃もボーナスで隠しておいたから。まあ、包丁やバットも良い武器になるか。あと、賢い優秀な人間サマなら爆弾くらい作れるよな」

「な、何を……」


 ついに、学生の中から声が上がった。はっ、と緊張が高まる気配がするも、テュランは特に咎めたりしなかった。

 むしろ、反応があった方が丁度良い。


「これからお前達に、生き残りをかけたゲームに参加して貰う。ルールは単純明快、一人殺してその首を俺に差し出せ」

「なっ!?」

「いや、でもなー……首は意外と重いし、切り落とすのも結構面倒だからな……じゃあ、心臓にしよう。自分が生き残る為だけにトモダチを殺して、そのトモダチの胸を引き裂き取り出した心臓を俺の前に持って来い。それがちゃんと出来たヤツだけ、無傷でお家まで帰れる権利をやるよ」


 ざわめきが一層大きくなる。所々で甲高い悲鳴やすすり泣くような声が聞こえてくる。堪え切れずにテュランがにやりと笑うと、とうとうお行儀が良かった生徒達から罵声が飛んできた。


「ふ、ふざけるなぁ!! なんで、どうして僕たちがそんなことをしなければいけないんだ!?」

「誰が人外の言うことに従うものかっ!」

「いやぁ! お願い、もう誰も殺さないでよー!!」


 正に阿鼻叫喚である。箍が外れたかのように、金切り声を上げる人間達。このままではいくらマイクを使ったとしても、先に進むことは難しそうだ。

 ならば、改めて思い知らせてやるだけ。テュランが持つ巨大で凶悪な刃が、妖しく煌めいた。


「……じゃあ、全員で仲良く死ぬか?」


 銀色の刀身が、ステージ上にあった演台に叩きつけられる。それは斬るというよりも、粉砕するという表現の方が正しかった。

 粉々に砕け散った演台に、再び生徒達がしんっと静まり返る。


「良いぜ? 自分の命を護る為に他人を犠牲にすることなんか出来ない。そんなヒデェことしたくないから、ここに居る全員で死ぬことを選ぶ。良いねぇ、カッコイイじゃん? きっと後世にも語り継がれるよ、良かったなー? ……そんな馬鹿馬鹿しいことの為だけに、本当にテメェの命を捨てる気か?」


 テュランの大剣が、今度は生徒達を睨む。たった今、その凶悪さを見せつけた切っ先を向けられれば、最早彼等も従うしかない。


「これからお前達を十のグループに分ける。それぞれを校舎の各エリアに誘導するから、あとはお前達の勝手にしろ。グループ内で殺しあってもいいし、ちょっとした戦争ごっこしても良いぜ? だが、二時間経っても何も起こらないようなら、俺が直接そのおめでたい頭を叩き割る!!」


 間近に見せつけられた大勢の死に、眼前に突き付けられる命の危機。人間とは本当に浅ましい生き物だ。口では綺麗ごとを吐きながら、自分の命を護る為ならどんな汚い事でも何でもやるのだ。


「さて、と……おーい、そっちはどうだ?」


 すっかり大人しくなった生徒達を、人外達が誘導する。激昂して、人外に掴みかかる馬鹿くらい出ても良かったが。お利口さん達は、どこまでもお行儀が良いらしい。

 そんな面白みもない光景を見送りながら、いつの間にか戻ってきていた赤い吸血鬼に声をかける。


「はい、守備は上々です。それと……言われた通りに周辺の様子を探っていたら、居ましたよ?」

「へえ、何処に?」

「此処から百メートル程先にある、学生用の多目的ホールの辺りですね」

「多目的ホール?」

「ほら、音楽のコンサートやら何かの発表会やら、そういうことをする施設ですよ。あそこには色々な物品を搬入する為の巨大な搬入口やら広大な地下駐車場がありますからね。一体何を隠しているのやら」


 クスクスと、眼鏡を押し上げて笑う。テュランもつられて口角をつり上げながら、ステージの縁に腰を下ろす。


「良いねぇ、面白くなってきたじゃん。それじゃあ、お手並み拝見といこうか……おねえちゃん?」

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