行動開始

「よし、じゃあこの恨みを晴らしに行くとするか」

「やった! なになに、次はどうするの? どこ狙う? 遊園地?」

「それはまた今度な。次に狙うのは、アルジェント国立第一上級学園だ」

「学校……ですか? 国立第一上級学園と言うと確か、国内で一番のエリート校ですよね」

「えー!? 何で学校なのぉ! つまんないよー! もっと遊べるところにしようよー?」


 案の定、ヴァニラが嫌だと騒ぐ。ヴァニラの要望はそれ程重要性も無いので却下して良いが、一見するとテュランが提示した学校も似たり寄ったりではある。


「確かに……学校なんて占拠しても大した利は無さそうですね。テュランくん、どうして学校なんですか?」


 珍しく、ジェズアルドまでもがテュランの考えに疑問の声を上げた。未だに嫌だ嫌だと喚くヴァニラを無視して、話を続ける。


「第一上級学校は、そこに入学するだけで上流階級に上がる未来が殆ど約束されているんだってよ。だから極端な話、アルジェントの中心を担うであろう輝かしい未来を約束された人材が集中している場所なんだ」

「なる程、輝かしい未来が芽吹く前に種を掘り起こして、捨ててしまおうって魂胆ですか」

「それに、そのくらい優秀な学生が集まってるんだ。今の上役のご子息ご令嬢が沢山居るだろうし、そいつらを嬲り殺せば精神的なダメージは半端ねーだろ? しかも、軍は主要施設のお守りに割かれてるからな。コッチは少数でもイケる筈だ」


 既に敵方の動きは偵察済みだ。人間達は強力な武器を手に入れた人外達が、大統領府などの重要な施設を狙ってくるのではと危惧している。だが、テュランにとってそんなお偉方が居座ってる巣になど興味ない。

 そいつらには生きて、目一杯に苦しませてやらなければ。


「適当な施設を狙う素振りをしつつ、希望の塊である学生達を惨殺する。学校の方には俺とジェズアルドで行く。ヴァニラは一回休みな。流石に松葉杖じゃ格好つかねーだろ?」

「く、車イスじゃ……ダメ?」

「ヴァニラさん、テュランくんは貴女のことを心配しているんですよ。此処は甘えた方が、彼氏としては嬉しいものです」

「そ、そうなのテュラン?」

「ん? んー、まあ……そうかもな」


 真っ直ぐ見つめてくる瞳が照れ臭くて、思わず目を逸らす。それをどう受け取ったのかは知らないが、ヴァニラが満面の笑顔を向けてくる。


「わかったよう。次は大人しく待ってる」

「ああ、早くその脚治せ。てか、そろそろ診察の時間じゃね?」

「そうだった! ちょっと行ってくる」

「大丈夫ですか、肩貸しましょうか?」

「ううん、平気! 二人は作戦会議でもしてて? やるからにはとことんまで人間達を痛めつけなきゃダメなんだからねっ」


 身体を起こし、松葉杖を支えにして立ち上がるヴァニラ。こういう時に手を貸そうとしても、彼女は平気だと言って聞かない。変なところで意地っ張りだ。

 ジェズアルドも知っているのか、部屋のドアを開けてやるだけに留める。ヴァニラは笑顔で礼を言うと、出て行く前にテュランを振り返った。


「テュラン! すぐにはムリでも、絶対に一緒に遊園地行こうね! 約束だからねっ」

「あー、わかったわかった。約束な」


 テュランの言葉に、ヴァニラが嬉しそうに破顔させて。えっちらおっちら飛び跳ねるような歩みで、今度こそ部屋を出て行った。


「……それで、テュランくん。きみの本当の目的は何ですか?」


 ドアを静かに閉めて、ジェズアルドがテュランに向き直る。その瞳には、全てを見透かしたような狡猾な光。どこまでも食えない男だ。


「ヴァニラさんを除け者にした理由は、彼女の怪我が理由ではないですよね?」

「……どうして、そう思うんだ?」

「うーん、年長者の勘ですかね」

「あっはは! ほんと、アンタに隠し事って出来ないな。つまんねー、ちょっとは驚くかなって思ってたのに」


 くつくつと、テュランが喉奥で嗤う。多くを語らずとも察してくれることが助かることもあるが、こういう時は少々不満だ。


「ま、ヴァニラの怪我が心配なのは本心だぜ? 早く治して欲しいのもあるけど、骨がくっつくのは時間がかかるからな。大人しくして貰うのが一番だ。でも、本当のコトを話したら無理矢理付いてきそうだし」


 テュランの本音に苦笑しながら、ジェズアルドが肩を落とす。


「はあ、彼女思いなのかそうではないのか」

「何、アンタ。帰ってきてから随分突っかかるじゃん。何かあったの?」

「……別に、何もありませんよ。ただ、きみが生き急いでいるようでいささか心配なんですよ」

「お気に入りの餌を失うのが嫌だからか?」

「そういうわけでは……」


 ジェズアルドは答えなかった。無言は肯定と判断して良いというのが持論だが、今回もきっとそうだろう。


「そうそう、前からアンタに聞いておきたかったんだケド……吸血鬼の血を飲むと吸血鬼になれるっていうのはマジな話?」

「はい。ですが、そのように吸血鬼になった者は大体が隷属……吸血鬼でも下位の存在になります。それに、吸血鬼の血に拒絶反応を示し、不死身どころか寿命を縮める場合が大半です。あまりお勧め出来るものではありませんよ」


 要するに、ジェズアルドの血を飲んだところでテュランは吸血鬼にはなれないということだ。期待はしていなかったが、少々残念だ。

 撃たれようが斬られようが、簡単に死なない身体というのは魅力的であったのだが。


「ふーん、まあ良いや。代わりにアンタを馬車馬のようにこき使ってやるから」

「時間外労働は出来れば拒否したいのですが」

「何言ってんだ、吸った血の分くらいは働けよ。俺がピンチになったら助けてくれるんだろ?」


 実のところ、テレビ放送をした日の吸血を少々恨んでいた。あれさえなければ、サヤ達を逃がすことも無かったのに。


「ふむ……もしかして、ピンチになる予定があるんですか?」


 長い脚をゆるりと組んで、ジェズアルドが薄笑いを浮かべる。その唇からは、厭らしい犬歯が覗いている。


「さあ? でも、せっかくおねえちゃんと再会出来たんだから、目一杯に痛めつけてやりたいっていうか」


 サヤのことを恨んだ日は無かった。だが、それはあくまで思い出の中に居るおねえちゃんに対してだ。彼女は再びテュランの前に現れるや否や敵側の人間として立ちはだかり、更には助けたいとまで言い出したのだ。

 期待外れというか、踏みにじられたというか。とにかく、屈辱以外の何物でもでもない。


「とにかく、今から本当の意味での作戦会議するから。俺とアンタだけの秘密な? バラしたら二度と血はやらないし、アンタが真祖カインだってところ構わず喚きまくるから」

「それは物凄く困りますね、そもそも真祖ではないですし。まあ、テュランくんとの約束を反故ほごにする理由が今のところないので、全力で力を貸しますよ」


 クスクスと、ジェズアルドが微笑する。テュランが今、思い描いている計画はヴァニラには絶対に話せない。彼女のことは一番に信用しているが、だからこそ話せないこともある。

 だが、ジェズアルドとは互いに対価を払っている関係だ。彼はテュランがくれてやった血の分の仕事は必ずやり遂げる。ヴァニラとはまた違った意味で信頼出来るのだ。


「頼りにしてるぜ、ジェズアルド」

「はい、テュランくん。僕にお任せを」


 紅い吸血鬼が、酷薄に微笑した。

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