きっと来年のクリスマスにも

 外は思っていた通りの寒さ。空気がぎゅうと素肌を握りしめてくるみたいな。思わず足を止めそうになったけど、前を走る悪たれ坊主は止まるどころか速くなってるしっ。

 でもやっぱりこっちが本気を出したらすぐに追いつくんだよね。相手は幼稚園年少だし。上手な走り方もマスターしてないのが、わたしに勝とうなど十年早い! ……十年後は二十三と十四か。本当にかなわないだろうけど。

 晃を後ろから捕まえて抱きしめて、ふぅと息を吐いた。月明かりにほんのりと照らされて白い息がほわっと広がって消えていく。

 そのまま空を見た。青白くて、とっても寒そうな月がぽっかりと夜空に浮かんでる。周りには星も結構たくさん見える。冬の星空って綺麗だって言うけど、うん、こうやってじっと見ると綺麗だね。寒いけど。

「はなしてよ、りおー!」

「名前呼び捨てにするなっつーの」

 思わずぽかりと弟の頭を軽く叩いた。

 その時だ。

 いつもなら暗いというより黒いだけの林の中が、ほんのりと光っているのに気付いた。目を凝らしてみると、晃の言うように、きらきらと白っぽい光が瞬いている感じだ。

 何なの? さっきまではそんなもの見えなかったのに。

「……あれのこと?」

 思わず手が緩んだ。晃はわたしを振り払ってまた林へと走り出す。

「あ、ちょっと!」

 慌てて後を追いかける。

 勢いよく走っていた晃だけど、林の入り口近くの木に抱きついたかと思うとぴったりとよりそって、そっと中を覗いている。よかった、そのまま走っていかなくて。

 わたしも晃の後ろから、おっかなびっくり、林の奥を覗いてい見た。やっぱり林の近くだと、夏の昼間ほどじゃないけど草木の香りがするね。鼻の中に氷でも入れられたみたいな冷たさとは別で、ちょっと気持ちいい感じ。

 ここからは十メートルくらいかな。木の間で白っぽい光が、きらきら、きらきら、瞬いてる。そんなに強くもなく弱くもない光が暗闇を照らして、ただ怖いだけの夜の林をすごく神秘的な場所へと演出している。

 そしてその光の中で、スポットライトに照らされたダンサーみたく、「小さな人」が二人、踊っている。こっからだとあんまり正確には判らないけど大きさは五十センチぐらいかな? 真っ白いふわふわのワンピースに見えるような服を着ていて、つま先が上にちょっと反ったような靴がかわいらしい。

 まず服に気を取られたけど、肌は透き通るくらいに白くて、髪は絹糸のような銀色。小さい時におとぎ話の挿絵で見た妖精を思い出した。

 空中にふわりと浮かびあがったり、地面で円を描くように回ったりする彼らの手には、先っちょに星の飾りのついたスティックが握られている。

 白いきらきらの光は、そのスティックからあふれている。小さな人がちょこちょこ動いたり、ふわりと舞うたびに、きらり、きらりと光りの粒がこぼれおちてくる。よく耳をすませていると、その時に、シャランって音がなる。耳をちょっとくすぐるような、ささやかだけどこそばゆい音だ。

 しんとした林の中で、とっても寒くて縮みあがるくらいの気温しかないのに、わたしは息をつめてそのダンスをじぃっと見てた。魅入られるっていうのは、こういうのを言うんだね。

 だから、晃が木を離れてそっと「妖精さん」に近づいて行ってると目で見ても、それがいけないことだとは思わなかった。わたしも弟の後について行った。

「だれ?」

 頭の中に、透き通るような声が聞こえてきて、はっと我に返った。その時にはもう、妖精さんとの間は木が一本くらいの距離だった。さっきよりはっきりと見える妖精さん達は、やっぱり白く輝いていて、銀色の髪が向う側が見えるくらいに透き通っている。綺麗だ、すっごく。

「ごめんなさい。あなた達のダンスが見えたから、つい……。邪魔するつもりはなかったんだけど」

 誰と問われてるのに近づいた理由をいい訳みたく答えちゃった。だって、嫌われたくなかった。消えてほしくなかったんだもん。

「……あなた達、人間なのにわたし達が見えるのね」

 妖精さんは驚いたようにわたしと晃を見た。きょとんとした顔が可愛い。

「うん、さっきまでわたしは見えなかったけど、この子が見つけたの」

「ちょっとまえにも、みえたんだよ」

 わたしの言葉に続いて晃もえっへんと威張って付け足した。エラソーだぞ。

 妖精さんはにっこりと笑った。ちっこいのに、お母さんの笑い方に似てる。

「純粋な子達なのね。いいわ、特別よ」

 妖精さんはそう言うと、ダンスをもう一度踊り始めた。

 寒いの苦手なわたしだけど、この時ばっかりはじぃっとして見つめていても寒さは気にならなかった。晃はきらきらとした笑顔で二人の小人が舞うのを見てる。

 ふと、目の前に白いものがちらりと動いた。小人のステッキから出る光とは違う。上から下へと落ちて行くのは、雪だ。

 さっきまで晴れていて、月も星も見えたのに。

 わたしは空を見た。どんよりと横たわる雲が月も星も隠している。でもそのかわり、真っ白な雪で空を飾ってる。

 鼻の頭に雪がふわりと落ちてきた。じゅんとしみて、溶けて行く。

「よぉし、成功。頑張ったね」

 妖精さんの弾んだ声がする。最後のはもう一人の妖精さんに呼び掛ける感じで。

 そっか、雪を降らすための踊りだったんだ。ずっとわたし達としゃべってた方が先輩で、もう一人が後輩で、それも新人って感じなのかな。

「楽しみにしててね。明日の朝にはこの辺り一帯、ホワイトクリスマスよ」

「やったぁ」

 冬は嫌いだけど、雪は好き。

「ほあいとくるしゅます、って、なぁに?」

 ぷぷっ、晃、言えてないっ。

「ホワイトクリスマス、だよ。クリスマスの日に雪が積もってること。明日は雪が積もってるよ」

「わぁい! あした、ゆきがっせんしよう」

「雪だるまも作ろうね」

 わたしたちがはしゃいでると、妖精さんは満足そうにうなずいた。

「じゃ、もうちょっと頑張ろうかな」

 二人が踊り始めたから、わたしも晃も、それをまねて踊った。白い息が弾む。なんか楽しい。

 雪がたくさん降ってくる。うっすらと地面が白くなるまで、わたし達は踊っていた。


 はっと気が付いたら、あれ、布団の中だ。

 妖精は? ……晃はっ?

 がばっと飛び起きて晃の部屋へ――、ん、窓の外が白いよ。

 雪だっ。

 窓を開けた。ぶわっと押し寄せてくる冷たい空気に負けないで外を見ると、一面の銀世界がそこにあった。灰色の雲と白い雪が輝いて、景色全体が本当に銀に思えるから不思議。雪はもうやんでるのがちょっと残念。

「わーい、ゆきー」

 外から晃の声が聞こえてきた。早速雪と戯れてるみたい。

 わくわくしながら着替えて外に出る。

 ……やっぱ寒っ! アンダーシャツとカッターシャツとセーターとコート、マフラーに分厚い靴下に毛糸の帽子ってな具合でしっかりと着込んできたつもりだけど、足りなかったか。

 玄関のそばで晃が、五センチぐらい積もった雪を手で固めては、そこらじゅうに投げている。

 ちょっとあんた、何その薄着! トレーナーと七分丈ズボンだけなんて信じられない! 靴下履いてよっ。見てる方が体温奪われるわ。

「あ、おねーちゃん! ゆき、つめたいね」

 ほっぺたをまっかにして、真っ白い息を吐いて、全身から湯気が立つんじゃないかってくらいに走り回る晃。我が弟ながら、こんなところはすっごく可愛い。

 まだ誰も触ってない雪の上にそぉーっと足あとをつけて喜んでるなんて、……さすがわたしの弟。楽しむツボがおんなじじゃないか。

「そーだ、おねえちゃん、ちっこいひと、まだいるかなぁ?」」

 息を弾ませながら晃が見上げてくる。

「晃も覚えてるんだ?」

「うん。いっしょにおどったよね」

 晃も覚えてるってことは、……やっぱり、夢じゃなかった、よね。

「ちょっと見に行ってみようか」

 夜のことは、全部が夢だったみたいにも思える。けど、林の中で妖精と一緒に踊った記憶ははっきりと残ってる。

 夢じゃないって信じたい。だって妖精とダンスなんてすっごくステキじゃない。

 けれど、昨夜の場所に行ってみても、あの綺麗な小人さんはいなかった。ただ、木の枝に雪が積もってるだけ。下草の上にはあんまり雪はない。

「……いないね」

 周りをぐるっと探してみても、やっぱりいない。

 晃と二人して見た幻だったのかなぁ。

「おねえちゃん! きて!」

 晃が上ずった声で言う。

 弟が指さす方を見ると。

 木が生えてない、ぽっかりとそこだけ雪が積もってる場所に、小さく盛り上がるものがあった。

 雪だるまだ。わたしの膝くらいまでもない小さいのだけど。手のところには、あの妖精さん達が持っていたスティックが刺さっている。

「夢じゃなかったね」

「うん」

 そっと近づいてみる。雪だるまの前の部分に、小さい字が彫られてあった。


 Merry Christmas!


 すっごい! わたし達、やっぱり本物の妖精に会ったんだ!

「これ、パパとママにもみせてあげようよ」

 晃が言う。けど、なんだか大人に話したら、全部消えるような気がした。もう二度と、あの綺麗でかわいらしい妖精に会えなくなるんじゃないかって思った。どうして、って理由は判らないけど、なんとなくね。

「晃、これ、晃とお姉ちゃんだけのナイショにしようよ。妖精さんはね、きっと子供にしか見えないんだよ。晃と一緒じゃなかったら多分、お姉ちゃんにも見えなかったと思うんだ。二人だけの秘密にしていたら、きっと来年のクリスマスにも来てくれるよ」

 晃はきょとんとして、わたしを見上げる首をかしげた。

「ないしょにしてたら、またあえるの?」

「うん、お姉ちゃんはそう思う」

 じぃっと考えるような顔をした後、晃はうなずいた。

「わかった! じゃあ、だれにもないしょだよ」

 晃が元気に言うと、小指を差し出してきた。指きりだね。


 来年も、会いたいな。

 また来てね妖精さん。もうちょっと、ほんのちょっとだけ寒いの平気になっておくからさ。一緒に踊ろうよ。


(了)

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冬の夜のスノーダンス 御剣ひかる @miturugihikaru

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