冬の夜のスノーダンス

御剣ひかる

きらきらでふわふわの

 寒い! 寒い寒い寒い!

 学校から帰ってきて、制服からシャツとセーター、デニムのパンツに着替えてわたしはさっさとこたつにもぐり込んだ。

 里桜りおちゃんは寒がりだねぇ、っていつもお母さんは笑うけど、寒いもんはしょーがないでしょ。

 じんわりとあったかくなってきたこたつに腰までもぐりこんで、天板の上のかごに盛ってあるみかんに手を伸ばす。

 こたつでみかんって冬の風物詩だよね。

 皮をむくと、ふわぁっと広がる甘酸っぱいにおい。一袋口に入れると、香りとは違って甘い味が広がる。うぅーん、幸せ。

「それじゃ仕事に行ってくるから、あきらくんのことよろしくね」

 こたつだるまになったわたしにお母さんが声をかけて出かけて行った。お母さんは近所のスーパーでパートしてるんだ。できるだけ朝のシフトにしているんだけど、どうしても夕方にヘルプが入った時は引き受けてるんだって。晃やわたしが熱を出したりして急にパートを休むこともあるからお互い様、って。わたしが中学生になって、それなりに家のこともできるようになったからお留守番も任せやすくなったのもあるみたい。

 さぁこれから数時間、お父さんかお母さんが仕事から帰ってくるまで、ちびっこと二人きりだ。大人しくしててくれればいいんだけどな。

「おねーちゃーん、えほんよんでー」

 ウワサの晃が来た。短い真黒のつんつん髪がわんぱくっ子らしい感じ。手に日本の昔話の絵本を持って、ワクワクした顔でとてとて歩いてきた。

 わたしは中学一年で、晃は幼稚園の年少。歳の差兄弟だ。友達には可愛い弟がいてうらやましいとか言われる。確かにかわいらしいんだけど、時々ちょっとうざったいんだよね。ちっちゃい子らしい我がまま全開にされたら思わず頭をはたきたくなる。

「一回だけだよ」

「うん」

「じゃ、そこ座りな。どれどれ。『むかしむかし、あるところにおじいさんとおばあさんがいました』」

 昔話って、どれも何気に残酷なところもあるんだよね、とか思いながら読んでると、晃はこたつに突っ伏してうとうとしだした。うん、さすが我が弟。こんなに小さいながらもうこたつラブなんだね。

 聞いてるかどうかわかんないけど、一応最後まで読んでやった。本を閉じて晃の顔を見ると、あーあ、やっぱ寝てるわ。

 押し入れから布団を出して敷いて、晃をそっちに移してやった。風邪ひいちゃったらかわいそうだもんね。わたしのせいにされちゃうのイヤだし。


 夜になって、こたつで宿題をしていたら、晃がすごい勢いで部屋に走ってきた。

 何? おしっこきわまった? トイレの電気つけてってか?

「おねーちゃん! すごいよっ! キラキラだよっ! きてきて、ねぇねぇ!」

 なにその興奮っぷり。鼻ふくらんでるし息荒いし、顔赤いし。

 でも今宿題してんだよね。

「勉強中だから後でね」

「でもっ、すぐきて、ねぇ」

 腕を引っ張ってくるから邪魔ったらない。

「だめっていってるでしょっ」

 思わず一喝した。

 あ、しまった。

 なんだか嬉しそうに興奮していた晃の顔が、見る間にくしゃくしゃになって、目じりから大粒の涙があふれ出した。続いて大きな泣き声も。もうこの世の絶望を一身に背負ってます的な感じ。

「おねーちゃん、いやだー! うわあぁぁぁぁあん!」

 あぁ、こうなったら手がつけられない。謝ってもなだめすかしても聞きゃしない。いやだいやだばっかり言って、畳にひっくり返って手足をばたつかせて泣き叫んで暴れるミニゴジラと化したガキんちょに何を言っても無駄。

 壊れたスピーカーが止まることない泣き声を大音響を放出している横で、仕方がないから落ち着くまで放っておいて宿題することにした。集中できないからそんなに進まないんだけどね。

 しばらくして泣き疲れたのか、泣き虫はいじけ虫に変身して畳に丸まっている。

「ごめんね怒鳴っちゃって。それで、何があったん?」

 優しく声をかけてみたら、涙ぼろぼろ流して鼻をすんすんいわせながら、晃がこっちを見た。あーあ、顔ベタベタ。

「キラキラしてたの、うらのきのとこ。ちっさいひとがとんでたの」

 ……えぇっと? 裏の木って、うちの裏の林のことかな。木がキラキラしてて、そこで小さい人が飛んでた?

 かぐや姫? いやいや、裏の木に竹ないし。今ちょうど花咲いてる柊ならあるけど。

「ごめん、晃くん。ちょっとお姉ちゃん判らないなぁ」

 できるだけ刺激しないように猫なで声で言ってみたけど、自分の言ってることが伝わってないとわかると我がままな幼児はきぃっと睨んできた。

「だからぁ、うらのきのとこがキラキラしてて、ちっさいひとがふわふわとんでたのっ。わかる? りおちゃん」

 うわ、そのわざとゆっくり話すの、説教くさい時のお母さんそっくり。しかも里桜ちゃんってご丁寧に念押すか。思わず笑いそうになる。つんつん頭をぐりぐりしてやりたい。

「ふぅん。晃くんそれみたの?」

「うん。おねえちゃんもいっしょにいこ」

 いやだ。こたつ出たくない。

 って言ったらまた泣くんだろうなぁ。

 しょうがない、ちょっと付き合ってやるか。

 こたつから出ると足がひやっとする。うおぉ、寒すぎる。すーすーする。出たばっかだけど、早くガキんちょから解放されてこたつに戻りたい。

 身を縮こまらせて晃について行く。少し開いてる台所の窓を晃が指さした。

 開けっぱなしの窓から草木の香りをほのかに乗せた外の冷たい空気が忍び込むように入りこんで来てる。そっと床へ沈んで足を掴んで凍らせてくるような冷たさだ。

 ヤバ寒いのをぐっと我慢してじっと林の中を見たけどやっぱり何もない。星明かりの夜空よりも黒い木の輪郭が見えるだけ。

「なんもないよ?」

「さっき、そこのきのちょっとむこうで、あったんだもん」

「見間違いじゃない?」

「ちがうよ! ぜったいみた!」

 晃のすごい真剣な顔。

 この子はこの手の類の嘘をついてわたしをだまそうとする子じゃない。これだけ真剣なら、晃にとって「きらきらした何かと小さい人が飛んでいる」ように見えるものがあったんだろう。それが何か分からないけど。

「じゃあ、晃が泣いてる間に消えちゃったんだよ。見られたことに気づいて恥ずかしくなって逃げちゃったんじゃないかな」

 晃は不満そうだったけど、一応わたしが信じてくれたんだと納得したのだろう、そうかな、と言って残念そうにとぼとぼと台所から出て行った。

 用が済んだならさっさとこたつに戻って宿題の続きだ。窓を閉めて速攻でこたつに戻った。

 それにしても、なんだったんだろう。キラキラ光るものと小さな人って。

 氷雨とか雪とか? でも空晴れてたし。

 じゃあ晴れてても見えるダイヤモンドダストとか。ってそこまで寒くないよね。

 あれこれ考えたけど、謎は解けなかった。

 まぁそもそも晃の見間違いかもしれないんだしね。


 それからはなーんにも変わったことはなくて、半月くらい経った。晃はあれから夜になったら暇さえあれば台所の窓を見つめている。ちょっとでも何かあったらすぐに飛び出していきそうな勢いだ。……見間違いなんだろうに、熱心だなぁ。小さい子の情熱ってすごいよね。

 今日はクリスマスイブだ。といってもお父さんもお母さんも仕事で、クリスマスパーティは明日なんだけどね。

 もう冬休みだから、家では好きに過ごしたいし、親がいなくてもいいんだけど。ご飯とかさえ用意しててくれれば。あとこたつとみかんがあれば。

 晃もおじいちゃんのところとかに遊びに行ってくれたらそれが一番だけど都合が合わなかったみたい。残念。

 ま、適当に相手して、あとは子供番組でも見せていれば、わりと大人しいんだけどね。

 今夜もわたしはこたつでみかん。テレビを見ながらほこほこにあったまって、甘いみかんを頬張る。なんて幸せなひと時なんだろう。

 そこへ忍び寄るチビの気配が。

「おねーちゃん。でたよっ。キラキラでたっ」

 台所から晃が走ってきた。でもいつものドタドタうるさい足音じゃなくて、できるだけ音を立てないようにすり足っぽい走り方。なんか面白い格好。声も、興奮してるけどささやき声だ。

 前に、見られたことに気付いたから消えちゃったんだ、ってわたしが言ったこと覚えてたんだ。やかましくしたら消えるからと、晃なりにこっそりやってきたのだろう。

「ねぇ、きてよ」

 腕の引っ張り方も、前の時よりおっかなびっくりって感じ。真剣そのもののくりくりした目で見つめられる。

 ……しょうがないなぁ。わたしはそっと腰を上げた。

 こたつむりのわたしが出てってやるんだから、よっぽど綺麗なものじゃないと怒るよ、ほんと。

 さて、キラキラとやらを拝見いたしますか。

 晃につれられて台所へ到着。

 流しのそばにあるすりガラスが、あの時と同じように少しだけ開いていて、冷たい空気がすぅすぅと入ってくる。思わずぶるっと震えながらも、窓に顔を近づけた。

 ――何も、ない。

「なぁんだ。何もないじゃん」

 実はちょっとだけ期待してたんだよね。キラキラで綺麗なものとか、中に浮かんでるちっちゃい人とか、見られたら面白いしすごいことじゃない。

 でも所詮、四歳児の目の錯覚だったか。

「おねえちゃん、みえないの? ほら、あのきのあいだ」

 椅子に上った晃が背伸びをして林の中を指さすけど、いくら目を凝らしてもやっぱりそこにあるのは闇だけ。

「見えないよ」

 自分でも、ちょっとつっけんどんだったかな、と思うくらいの声になっちゃった。

「あるもん!」

 晃は椅子をぴょんと跳び下りて、足音を殺すことなく玄関に走っていった。その勢いのまま上がりかまちからぴょんと跳ねた。

 って、ちょっとまってげんかんって!

 晃が何をしようとしているのか判ったから慌てて後を追いかける。

 わたしが玄関につく頃には、晃はもう靴をつっかけて外に飛び出していた。

「待ちなさい、晃!」

 戸締りとか気になったけど、今はまず晃だ。こんな夜に明かりけのない林に入っていこうなんて自殺行為もいいとこだ。転んで軽い怪我ならまだ笑い話ですむけど、とがったものが突き刺さったりとか考えただけで痛い痛い痛い! そもそも林で迷子になったらどうするのっ。こんな寒い夜に冗談じゃないよ。

 とんでもないことになる前に、晃を捕まえないと。

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