生命②

「その顔やめろよ」


 夕方のBARにて。


 目の前の皿には、青いソースのかかったドーナツ状の何か。

 直径約20cm位。


 魚の血合い部分のように全体に黒ずんだその肉は、触ると少し弾力がある。


 そして、滲み出すのは沼みたいな緑色の汁。


 相変わらず食欲をそそらない。


 よって、そんな顔にもなる!


「昨日食ってないんだろ?有り難く戴け」


 リタはそう言いながら、またあの目玉入り泥水をご愛飲。


 全てが不味そう。


「カタカタの方が良かったか?娘」


 そう言いながら現れたのは、オオアリクイ……えっと、


「ゼゼ……だよね?」


 恐る恐るそう訪ねると、


「おっ、娘、お前人間のクセに見込みあるな。前に来た娘は全然ダメだった。ヨシ!お前にはゲズロをやろう」


 ゼゼは凄く満足したようにそう言って、ゲズロとやらを取りに奥へと引っ込んで行った。


 私が唖然としたままゼゼの背中を見送っていると、


「よく分かったな。ゼゼって」


と、リタが不思議そうな顔でそう言ってきた。


「匂い……。こないだリタに言われて気にしてみたんだけど、今日はあの時と同じ匂いがしたから、ココナッツミルクみたいな……」


 今も少しだけ香るその匂いを吸い込みながら、ゼゼの消えた方向を見詰めていてふと思い出した。


「それよりさ……このままじゃ私、本当に死んじゃうよー」


 そう言いながら、血合い肉をフォークの先でツンツンと突っつく。


 緑の液体が、じわりと皿の上に増えては肉に吸収され、何だか気持ち悪い。


 そして更に食欲減退。


と、そこへゼゼが何かを持って戻って来た。


「娘。食って見ろ」


 そう言って差し出されたのは、コーンポタージュのような液体。


「え?嘘でしょ……」


 魔界に来て初、出された料理のビジュアルを受け入れられた瞬間だった。


「かき回して見ろ」


 エラくご機嫌なゼゼにそう言われ、何の疑いもなくスプーンで底からかき混ぜてみる。


 すると、二層になっていたのか?中からは赤い液体。


 スープはあっという間に沼色に変わった。


「旨そうだろ!ゲズロだ。さぁ娘、食え」


 こうなってしまうと、もう名前からして不味そう。


 だけど、こんなに嬉しそうに勧められたら食べるしかない。


「い……ただきます」


 今夜もまた、覚悟を決めた。


 そう、決して不味くはない。

 味だけなら、むしろ美味い!


 私は自分にそう言い聞かせながら、沼料理を2品完食した。


「娘。最後の晩餐もオレがご馳走してやるからな」


 ゼゼはそう言うと、満足そうに空いた皿を持って厨房の中へと入って行った。


 最後の晩餐。


 そうだ。

 ゆっくり沼料理なんか食べてる場合じゃなかった。


「で、私が体に戻る方法なんだけど……」


と、話を本題に戻そうとした時、


「ちょっとー!何でこんな所におまけがいんのよっ」


 またしても邪魔が入った。


 もう勘弁してよ……。


 恐る恐る振り向くと、そこにはあの緑の髪の女死神。


 私のすぐ後ろに仁王立ちしてご立腹のご様子。


「ヤユ、またお前かよ」


 リタが呆れたようにそう言うと、ヤユはリタの背中にしがみつき、


「もう、リタったらぁ。いつまでおまけになんて構ってんのぉ?」


と、気味悪い程の猫なで声。


 昨日はあんなに激怒してリタの足踏んづけたのに……どんな変わりようよ。


「おまけなんてセンターに監禁するか、魔物にでも売っちゃいなさいよ。リタが四六時中面倒見る筋合いないでしょ」


と言いながら、リタの首辺りに腕を絡ませ分かり易いスキンシップ。


 見ているこっちが恥ずかしいよっ。


「リタ……もしかして迷ってるの?」


 ハタと気付いたいたようにヤユがそう呟く。


「違うよね?リタは人間になんてな……」

「お前、もう黙れ」


 興奮気味のヤユの言葉を静かに遮ったリタは、自分の首に絡みついたヤユの腕をやや強引に引き離し、


「未魔、行くぞ」


と言って立ち上がった。


「え?あ……うん」


 私も慌てて立ち上がる。


 下唇をギュッと噛み締め、何か言いたげなヤユ。


 それを完全無視でBARの出入口へと突き進むリタ。


 リタは、間違いなくヤユが途中まで言いかけたあの言葉に怒ったのだ。


 一体何の事だろう?


「ねぇ、さっきヤユが言ってたのって……」

「あのさ」


 またもリタが言葉を遮った。


 どう頑張っても、何度切り出しても、私の話は一切先に進まない。


 一体どうなっちゃってるの。


「俺、今から出掛けるから」


「え?うん」


「だからさ、明日俺が帰るまで、未魔は部屋で待ってろ。な」


 は?

 部屋って……まさか……。


「イヤー!絶対にイヤッ!!!私も行く。一緒に連れてって」


 私は首を目一杯横に振り、駄々っ子のようにイヤイヤと繰り返した。


 だって、部屋って『参』のことでしょ?

 牢獄でしょ???




 無理いーーーッ!!!




 道の真ん中に立ち尽くす私を振り返りもしないリタ。


 仕方なく後を追い、


「ねぇ、どこに行くの?私も行っていいでしょ?」


と、腕を引っ張るが、


「ダーメ」


と軽く去なされる。


 だけど、あの『参』に長時間一人で監禁だなんて、絶ーッ対に嫌!


「私も行く」

「ダメ」


 速攻で拒否られた。

どうやら何を言っても受け付けない気だ。


「明日の夕方には戻るから」


 リタはそう言って『参』の扉をしめた。


 カチャリと響く無機質なカギの音。

 遠ざかるリタの足音と、また開始されたザワザワの井戸端会議。


 鉄格子の外は真っ黒な闇。


 明日の夕方まで、一体何時間あるのだろうか?


 私はベッドに座り込み膝を抱えた。


「早く帰って来て……リタ」

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