独の章

迷い子①

 いつの間にか眠っていた。


 鉄格子から光が射し込み、部屋の床に四角い縞模様が出来ている。


 朝。


 だけど今日は、この部屋から出る事が出来ない。


「リタのせいだ!」


 私はそのイライラをぶつけるように、ぺちゃんこな枕を鉄格子目掛けて投げつけた。


 勿論、そんな事でイライラが解消されるはずはなく……私は、ぽとりと下に落ちた貧相な塊を拾うべく、重い腰を上げた。


 足元に転がる枕を拾い上げ、ポシュと胸に抱く。


 出来れば引き裂きてやりたいが、一応センターの備品なのでここは抑えておこう。


「外……出たいな」


と呟きながら、鉄格子の外に目をやると、


「わぁ……」


 そこは、一面の広大な花畑。


 但し、花は咲いておらず、淡い黄色の百合のような蕾が、同じ方向を向いて行儀良く並んでいるだけ。


 その光景は、くちばしを尖らせた鳥の大群が、何千何万と同じ空を見上げているように見える。


 そう言えば、今日の今日まで、鉄格子の外を覗いて見た事なんて無かった。


 思わず片手で鉄格子を掴み、食い入るようにその花畑を見つめる。


 見事なほど雄大。


 なのに、不思議と不気味に感じたのは気のせいだろうか。


とその時、すぐ後ろの扉の方でカタンと音が鳴った。


 ビックリして振り返ると、入口の横にある小さな差し入れの為の小窓が、パックリと口を開けていた。


「誰?」


 小窓の向こうには緑色の影。


「リタからの差し入れだ」


 少し高めのオヤジ声はそう言うと、10冊程の本を小窓から差し出した。


 手にはヒレが付いている。

 多分あの半魚人の魔物だ。


「日本語表記の物だけ差し入れろ!だとさ」


 半魚人はそう言うと、早く受け取れと言わんばかりに本を揺すり、私が急いでそれを受け取ると、バンッと凄い勢いで小窓を閉めた。


「そんなに強く閉めなくたっていいじゃない」


 私は受け取った本をベッドの上に置きながら、気付かぬうちにブツブツと独り言を漏らしていた。


「何よコレ?日本語表記の本って……古文、化学、数学Ⅰ。教科書ばっかりじゃない。こんなんでどうしろって言うのよ」


 少々怒り気味に言った後、残りの本を確認する。


「……これ、何語?」


 私はそこに、奇妙な文字で書かれた一冊の本を見つけた。


 英語でも、ロシア語でも、韓国語でもない。


 勿論タイ語とかでもない……気がする。


 そう言えば、私が魔界に来た日に見た、リタのサインがこんなのだったかも。


「魔界の文字……かな?」


 私はそう言いながら、その分厚い文庫本の最初のページを捲った。


 多分、著者の名前とかそんな感じのものが、ウネウネとした細い字で表記されている。


 次のページは目次だろうか?


 それらしく何か書かれているが、勿論サッパリ分からない。


 更にページをめくると、そこには島の全貌を記したような地図らしき絵。


 魔界の童話か何かだろうか?


 内容は全く分からないが、それでも挿し絵が綺麗なのが気に入り、私は暫しその本に見入っていた。


 ベッドの上にペタンと座り、挿し絵のあるページをひたすら捲っていく。


 お伽話に出て来そうな美しい森や湖。


 私が思い描いていた感じの可愛らしい妖精や真っ白い翼のユニコーン。


 それらが皆、とても色鮮やかな水彩画で描かれている。


「写真みたい」


 そう呟きながら、そっと一枚の絵に触れる。


「行ってみたいな」


 次の瞬間私は緑の森にいた。


 チチッ、チチッと可愛らしい鳥の囀りが聞こえ、風はいと爽やか。


って、そーじゃない!


「どこよ、ココ?」


 私は靴下のまま森に立っていた。

 一瞬にしてココに飛ばされた。

 そんな感じだった。


 周囲を見渡すと、そこには綺麗な湖、その畔には真っ白なお城。


 まるで、さっきまで見ていた本の挿し絵そのもの。


 見上げた木々の隙間を小さな赤い鳥が飛び交う。


 あの鳥もさっき見た。

 お腹の青いハチドリみたいなやつ。


「嘘でしょ……」


 信じられない話だけど、だったらこの状況をどうやって理解したらいいのか分からない。


 私は今、あの本の中にいる。


 そう考えるのが、一番腑に落ちる答えだと思う。


 勿論腑になんて全然落ちてないけど、ここ数日は見るもの全て腑に落ちないことばかりだった。


 だから、こんな状況でさえ許容範囲内に思えてしまう。


 でも、どうしたらいいの?


 本から出る方法なんて一つも思い付かない。


 思い付くはずがない!


 靴下からじんわりと染み込んでくる水分。


 脱ぐ?


 ううん、ダメだよ。

 裸足で歩いたりしたら、怪我しちゃう。


 気持ち悪いけど、このままでいよう。


 私はそう決断すると、大きめの葉っぱの上に両足を置いた。


 それにしても、ココって一体何なんだろう?


 本の中らしいって事は想像出来るけど、何で私がココに?


 確かにさっき、本を見ながら『行ってみたい』って言ったかも知れないけど……。


「だからって普通行く?」


 私の声に驚いて鳥が数羽羽ばたいた。

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死神のおまけ 夏氷 @aoicocoro

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