弔の章

生命①

 魔界生活4日目の朝。


 昨日老人に聞いた北の魔女の所へ行くなら、今日しかない。


けど、本日意地悪な死神は朝からお仕事のようで……。


 現れたその出で立ちは、見間違うはずもない、いつもの黒スーツ。


 どうやら、北へ行く気は本当にないらしい。


「どうする?残る?」


 リタが『参』の鍵を器用に指でクルクルと回しながら、そう聞いてきた。


「行かなきゃ引きずられちゃうでしょ?」


と、私が尋ねると、リタは小さく首を横に振り、


「大丈夫。魔界にいる分には引きずられたりしない。行きたくなきゃ、残れば」


と、言ってきた。


 こないだ仕事に着いて行った時、私が少し参っていたのを気にしているのだろうか。


 確かにリタの仕事は『人』にはちょっとこたえる……けど、やはりこの『参』に一人で残る気にはなれず、


「ううん、行く」


と、即答で答えた。


 門番に怪訝な顔をされながら、受け取ったメモを手に下界へと降下していく途中、私は不思議なものが宙に浮かんでいるのを発見した。


 黒スーツの群れの中に、一際目立つピンク色のパラソル。


 人間の女の子が普通に持っていそうなレースで可愛く飾られた日傘で、それが私達の50m程下をくるくると回りながらゆっくりと降下している。


「ねぇ、リタ。あのピンクの傘、何だろう?」


 私はホップステップジャンプでリタに近付いてそう尋ねた。


 するとリタは、チラリと傘の方を見ただけで、


「魔女だろ」


と軽くかわし、興味なさそうにスピードをあげた。


 風に乗るようにゆっくりと降りていくピンクの傘。


 その横を通り過ぎようとした時だった、


「あら、リタ。アンタも大概変わり者だわね。おまけ連れて仕事だなんて、愉快だわ」


と、傘の下にいたピンクの髪の少女が話し掛けてきた。


 大きめの白いリボンでツインテールに結んだ彼女は、年の頃なら13歳位。


 服も白のふわふわなドレスで、いかにも可愛いらしい。


のに!

リタのヤツは、


「なんだ、誰かと思えばマーリシスのババアかよ。相変わらずキモイな、その格好」


とその少女に向かって暴言を吐いた。


「ちょっとリタ、何言ってんの?可愛いじゃない」


 私が慌てて止めに入ると、


「あら、良い子じゃないの。愉快だわ。出会ったのが今日でなければ、私がそのおまけ戴きたいところだったわさ」


と、私を上から下まで舐めるように見る。


「欲しくてもやらないけどね。で?今日は何?回収?」


 リタは少しだけパラソルのスピードに下降速度を合わせると、マーリシスにそう言って話し掛けた。


「50年待ったわさ。これでようやく私の娘も孵化出来る。ホント、愉快だわ」


マーリシスは満面の笑みでそう言うと、楽しそうにパラソルをぐるぐると回した。


「魔女にとって50年なんてあっという間だろ?」


 リタの問い掛けに、マーリシスは、


「そうでもないわね。受精卵を割らずに50年も保管するなんて、ホント不愉快なんだから」


と言って、首をコキコキと鳴らして見せた。


 この二人の会話を聞く限り、どうやらマーリシスは子供ではないようだ。


 マーリシス……この人一体何なんだろう?


「ま、とりあえず良かったじゃん。回収頑張れよ。じゃ」


そう言い掛けて、突然リタが足を止めた。


「そうだ、マーリシスなら知ってるかな?おまけを体に戻す方法。北の魔女なら分かるかもって言われたんだけど……」


 いきなり確信に迫る質問だった。


 どうやらマーリシス、見掛けによらず歳をとっているようだ。


 見た目はどう見ても年下なのに……。


「あんな婆さんと一緒にしないでっ!不愉快。ホント不愉快。私はまだ、花の520代。あんな北の化石と一緒にしないでちょーだい」


 マーリシスはそう言うと、頬をプクリ膨らませ、パラソルを高速回転させて下へ降りて行ってしまった。


 それにしても520代って……。


「何怒ってんだ?死神から見りゃ、充分化石だっつーの。ま、知らないならいいか。行くぞ」


 リタはそう言うと、さっきの倍くらいのスピードで走り出した。


 本当に勝手なんだから!


 そう思いながらも、仕方なくリタを追い掛けて空中を猛ダッシュ。


 けど……とりあえず私を体に戻す方法、少しは探す気はあるんだね。


 ちょっとだけホッとした。


「魔女も下界に降りるんだね」


 私がそう尋ねると、リタは一瞬私を振り返り、


「魔女は多いよ。卵孵すのに人間の魂使うから」


 そう言うと、今度は急降下を始めた。

 おそらく目的地付近なのだろう。


 私も仕方なくリタに続く。

 場所は、やや大きめの民家の屋根の上辺り。


「人間の魂?」

「そ!食わすんだよ。卵にさ」


 躊躇いなく発せられたリタの言葉に、私は思い切り疑問符を浮かべていた。


 卵に食わす?

 それって、どういう意味?


「え?色々疑問なんだけど?人間の魂を卵が食べるの?」


 私がそう言って首を傾げると、リタは民家の屋根にふわりと着地して屋根の中に頭だけを突っ込む。


 そして、キョロキョロと中の様子を伺ってから顔を出し、


「まだだな」


と呟くと、


「ああ。悪魔や魔法使いの繁殖には、人間の魂が必須なんだ。願いを叶えてやる代わりに魂を戴く。その魂を食って悪魔や魔法使いは生まれる。そういうサイクルなんだ」


と、また信じがたい事実をサラリと述べた。


「それって……?」


 私がそう言い掛けた時、


「来る」


 リタはそう言うと、屋根をすり抜けて行ってしまった。


 卵が物を食べるって行為も疑問だけど……そんなことよりその食べ物が人間の魂って事が問題だよね?


 願いを叶える代償として魂を奪い、最終的には食べちゃうってこと?


 悪魔や魔女の実態が一気に浮かび上がった気がした。


 あの煌びやかな街の住人達は、恐ろしく腹黒い悪魔なんだと思った。


 まぁ、本当に本物の悪魔なんだけどね……。


 でも、だとしたら、リタはなぜ昼間のあの街で私の手を離したのだろうか?


私の命だって、狙われているかも知れないのに……。






「え?カメルで手を離した理由?」


 リタの手には、今回収したばかりのお爺さんの魂が繋がれている。


 私はリタの後ろを追い掛けながら、その質問を投げかけてみた。


 リタは眉間にシワを寄せると、器用に後ろ向きで進みながら


「何それ?そんなのどーでもいいだろ?」


と、仏頂面。


「よくない。本当は、私なんか悪魔に食べられちゃえばいい……って思ったんでしょ」

「思ってねーよ。何でそーなんの?」


 即答だった。

 見事な程の即答だった。


「どんだけネガティブだよ?大体にしてアイツらは、契約結んだ人間の魂しか取れないの」


 呆れ顔のリタに、


「でも、契約したら殺されちゃうんでしょ?殺して魂取るんでしょ?そんなの非道い」


と、呟いて立ち止まる。


 どうせ、悪魔や魔女から見れば私達の魂なんて、ちょっと高級なおやつ感覚に違いない。


 この世界で生きているリタにしてみれば、きっとそれは日常起こり得る事で……。


 だから『回収』なんて言葉で片付けられるのだろう。


 私達は理解しあえない。

 私とリタは、違う世界の生き物なんだ。


 そう思ったら、急に悲しくなった。




「バーカ」




 頭上より降り注ぐ心無い声。

 いつものことだけど、今は怒る気にもなれない。


「殺すわけないだろ。奴らは、人間の願いを叶える代わりに魂を貰う。但し、貰えるのはその人間が寿命を全うした後」


 リタはそこまで話すと、クルリと向きを変え、急上昇で天へと昇り出す。


「俺達死神からみたら、魂と引き換える程の願いなんて意味分かんねーけど。人間はいいんだろ?今の人生さえ良ければそれで。前世も来世も気にしない。勿体無い話だよ。でも、それも一つのサイクルなんだ……昔からのさ」


 リタがそれを言い終わった時、私達はまた、光の入口へと到着していた。


『昔からのサイクル』


 つまり簡単に言うと、食物連鎖のようなものなのだそうだ。


 よくよく説明されれば理解出来なくもないが、私が人間と言う立場である限り、やっぱり少し納得がいかない。


 でも、もし自分が悪魔や魔女の立場なら、自分の子供が育つ為に必要な物があるなら、それを手に入れるかも知れない。


 否、手に入れるだろう。


 卵が孵る度、人間の魂がこの世から一つ消える。


 言い方を変えれば、一つの人間の魂が、一つの悪魔の命を生み出すのだ。


 立派な命のサイクルである。


 そう言われてしまうと、悪魔や魔法使いばかりが悪者だと言うには、勝手過ぎる気がした。


「それぞれ納得した上で契約するんだから、問題ないだろ。今現在の人としての寿命は全う出来る訳だし、人間的にはOKなんじゃねーの。つーか、OKなんだろ?」


 リタの言葉にぐうの音も出なかった。


 確かに、輪廻云々言わなければ、死んだ後の魂の行方など、人間にとってはあまり考えるべき対象ではない。


 今欲しい幸せと引き換えに『死んだら魂戴きますね?』って言われても『ハイ、死んだ後ならいいですよ』と言ってしまいそうだ。


 見事に契約成立だ。

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