魔物④

 次の瞬間、私達は見知った場所にいた。

 いつも食事をする、あのBARの近くの鉄くずの山の前。


 これが魔法?


「驚いた?」


 呆然とする私に、リタがそう聞いて来た。


 驚いた?

 驚いたわよっ!

 驚いたに決まってるでしょ!


「命2年って何よッ!」


 急に怒り出した私をリタがビックリした顔で見ている。


「命売るなんてどうかしてる。命大切にしろって言ったのはリタじゃない」


 私は怒鳴り散らしていた。

 頭にきていた。


 否、違う。


 多分リタは、私の為に命を削った。

 魔物だらけの夜の砂漠を私に渡らせない為に、命を売った。


 しかも、魔女が負けてくれなければ、50年売ることまで承諾した。


 申し訳なかった。


 下を向いたまま拳をギュッと握り締める。

 気持ちの収拾がつかない。


「2年位大した事ないよ。それとも俺に卵を抱けとでも?」


「そんなこと言ってるんじゃない!」


 そう叫んで唇を噛み締める。


「卵云々については知らない。でも……命で魔法買うなんておかしいよ。そんなのダメだよ。いいわけない」


 周囲には、仕事帰りとおぼしき死神達が立ち止まり、私達を不思議そうに眺めている。


「何怒ってんの?」


 そう言ったリタも完全に不思議顔。


 私の怒り、全然伝わってない!


「とにかく、命で取引するのはやめてっ!私のせいでリタが死んだりしたら……私、責任とれないよ」


 そう言って口を尖らせるが、リタにはどうにも伝わらない。


「死にそうなのは俺じゃない。未魔だろ」


 否、だからそーじゃなくて!


「もう、何で分かんないの?」

「だから何がだよっ」


 そしてまた言い争い。

 当然のごとく収集不可能。


 死神の人垣に囲まれながら、決着のつかない戦いを繰り広げる私達はバカなのだろうか?


「ストーップ!」


 いきなりの大声だった。


 人垣を裂くように張り上げられたハイトーンボイス。


 次の瞬間、ドンと突き飛ばされた人垣1号2号3号が前に危うくつんのめり、転倒の危機。


「危ねーだろっ」


と人垣3号からの苦情の声が飛ぶ中、仁王立ちで現れたのは緑の髪の女死神?


 格好は例の黒スーツで、長い髪をポニーテールにしている。


 見るからに気が強そうなその狐目な彼女は、突然私に掴み掛かるなりこう言った。


「あんたね、リタに妙な事させてるおまけって!自分の立場分かってんの?」


 これがもし漫画なら、私達の間にはバチバチバチって火花が飛び散っているに違いない。


 なんで初対面の死神にそんなこと言われなきゃなんないの!


「ちょっ……離して」


 私はそう言いながら、自分の首を締め上げている彼女の手を引き離そうとした。


 が、彼女は全く力を弱める気がなく、更に私に顔を近づけ、


「リタはねー、仕方なくあんたの面倒見やってるだけ!あんまり調子に乗らないでよね」


 と、甲高い声で威圧してくる。


「私、調子になんて……」


 私がそう言い掛けた時、


「ヤユ!もうやめろ」


と、リタが止めに入った。


 リタが私の首に絡まったヤユの手を引き離そうとする。


 が、ヤユはリタをも激しく睨み付け、なかなか手を離そうとしない。


「リタだって、本当はおまけを体に戻すなんて出来っこないって思ってるんでしょ?ハッキリ言ってやればいいのよ」


 そう言いながら彼女は、リタの足を力一杯踏みつけた。


 あ、死神女子の靴って……黒のヒールなんだね。

 

 痛そっ!


 私と彼女を引き離そうとしていたリタの手は、当然のように離れ、今リタは私に構える状況ではなくなっている。


 それを見計らったように、ヤユが再び私を締め上げる手に力を込めた。


「苦……しい」

「このまま死んじゃえば」


 息も絶え絶えの私に、ペロリと舌を出しながらニヤリとするヤユ。


 本当に死んじゃいそう。


「リ……タ……」


 呟いた瞬間、少しの息も吸えなかった喉に、スーッと一筋の空気が流れ込んできた。


「ヤユ。やり過ぎだ」


 そう言って止めに入ったのはあの美形王子、イオだった。


 イオは、ヤユの襟首をヒョイと掴み、私から引き離すように後ろへ引っ張る。


「やめるんだ。お前には、まだその権利はない」


 それを聞いてもなお、ヤユは足をジタバタさせ私に掴み掛かろうとしている。


「うるさいっ!規則なんかクソ食らえよ」


 そう言って、イオを振り払おうと右手を振り上げるヤユ。


 それを難なくよけられイライラ気味のヤユは、ギリギリ届かないと分かりながら悔しそうに私に向かって蹴りを入れてくる。


 この人、一体何なの?


「やぁ、未魔。騒がせてすまない。この子は少しばかり狂暴でね。僕らのおまけが無事で良かった」


 イオはそう言って微笑んだ。

 とても優しい笑顔だ、が……何かが引っ掛かる。


「僕らのおまけ?ふざけるな!俺のおまけだ」


 リタはそう言うと、私の腕をグイッと掴み自分の方に引き寄せた。


 そんなリタを見て、イオが少し口角をあげる。

 笑ったのだろうか?


「リタ。ここは僕に任せてサッサと行ったらどうだ。それともこの手、離そうか?」


 襟首を掴まれたヤユは、いつの間にか口まで塞がれモゴモゴしながら、苦しそうに、でも暴れ続けている。


「一つ借りだ。行くぞ、未魔」


 リタはそう言うと、私の腕を掴んだまま死神の人垣目掛けて一直線に突っ込んだ。


 リタの前に道が出来ていく。


 私は、死神達の微妙な視線に見送られ、その場を後にした。


 私は、その後すぐに『参』へと押し込められた。


 リタから差し入れられた夕食は、いつにも増して気味悪く……流石の私もこればっかりは食べられないと悟った。


 ハードな一日だった上に、食事抜き。


 幽体に必要かどうかは分からないが、ダイエットには丁度いいかも……。


と、食事を諦めた私は、疲れた体を休めようとベッドに横になった。


 ヤユのこと、イオの発言、リタの態度。

 全てが分からないことだらけ。


 確かに私は死ぬ寸前だし、このまま期限が来ればきっと死ぬんだと思う。


 でも……彼らが言っている話は、どことなくニュアンスが違うような気がしてならない。


 リタに聞いても何も教えてくれないし……。

 それが一番私の不安をあおっていることに、リタは気付いているだろうか?





 今夜もザワザワが始まった。






 何の話をしているの?






 私は眠ってしまった。






 深い闇の中、誰かが囁いた。






『あと4日』






 ……と。




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