第8話 正体と裏切り

影に飛び込んでから出るまで、一秒とかからなかった。あたしもヨウも転げながら飛び出るハメになり、なんとも不格好だった。

「ここ……城!?」

ヨウがびっくりした声をあげるのも、よくわかった。双子だからってわけじない。本当に城のような場所についてしまったらしいのだ。ただ、黒い。天井から床まで、まるで夜の闇に飲み込まれてしまったようだ。空気も重く暗い。ここが時魔の巣窟であることは疑いようがない。ヒカルたちはこんなところに来て、何をするんだろう。魔王はヒカルたちを恨んでいるわけではないと言っていたけど…。あたしの中に不安がよぎる。あたしは時魔の怖さを知っている。ヒカルもああなってしまったら…。いてもたってもいられなかった。

「アスカ!おまえ何するつもりだよ!」

目の前にあった扉を開けようとするあたしに、ヨウは怒鳴った。

「ここが時魔の巣窟であることはわかってるんだろ?!下手に動いて見つかったら、俺達なんて一瞬で時魔に過去につけこまれて魂を奪われて……。」

「わかってるわよ!でも…」

何かしないと心配と不安と恐怖で押しつぶされそうだった。

「知らないところで何もわからないままコソコソしてるなんて時間の無駄なのよ!」

言い訳を叫びながら、あたしは扉を開けた。開けてはいけない扉だったことに気づくのに、そう時間はかからなかった。信じられない、いや、信じたくない光景が、扉の十メートル先に広がっていた。

「……ヒカル!?」

ヒカルがいた。いや、ヒカルがいたというのは正確ではない。ヒカルの顔をした時魔が(メガネはかけていなかった)偉そうで立派な椅子に座って、これまた高級そうで派手なデザインの机で執務を行っていた。

「カサメとニコも!?というかお前らカサメとニコだよな?」

ヨウの声を聞いて左を見てみると、確かに、カサメとニコの顔をした時魔が立っている。

ヒカルもカサメもニコも、顔はそのままなのに、瞳は光を失っているし、牙が生えているし、服も黒いし、それに漆黒の翼も生えていた。いつかのC-003の翼より、数倍黒い。A-015の星と同じぐらいだ。この黒さが表すことはただ一つなのに、なかなか認められなかった。

「ヒカルたちはAランクの時魔だったってこと………」

目を見開いて驚いた顔をしていたヒカルたちは、目を伏せてあたしたちと目を合わせようとしなかった。

「騙したり裏切ったりするつもりじゃなかったんだ…ただ…」

絞り出すようにヒカルがいうのを最後まで聞かず、反射的に部屋の外に出て、暗い廊下を全力で走っていた。聞きたくなかった。なんとなく分かっていたような気もしたけれど、それでもやはり、そうだと認めて欲しくなかった。ヨウも近くにいて、目が潤んでキラキラと光っていた。そこで、自分もそうなっていることに気がついた。裏切られたんだ。その言葉が頭の中で反芻はんすうする。ついさっきまであった、心配する気持ち、友達として信頼する気持ちが、行き場を失った。悲しかった。あたしたちはここに来るべきではなかった。そもそも、あの三人とは友達になってはいけなかったんだ。そう考え始めると、深い沼に入るように、抜け出せなくなる。あたしとヨウは真っ暗な廊下で、声を殺して泣いた。


「だからついてくるなと言ったんだ。」

ヒカルと同じ声がした。でもすぐそこにたっていたのは星ことA-015だった。こころなしか星は悔しそうな顔をしている。なぜだろう。

「もう用がないならすぐに帰って……」

「人間がいるらしいじゃないか、A-015。しかも、特別過去が酷いとか。おまえだけその過去を堪能するなんてことは、まさかしないだろうな。」

ひどく邪悪に満ちた声が、天井から降ってきた。これがきっと魔王の声なんだろう。その声も恐ろしかったが、なにより、魔王はあたしたちの過去を知っていることが怖い。見つかってしまえば、過去につけこまれて魂を取られることなんて、火を見るよりも明らかだった。

「…逃げろ。」

星はしまったという顔をしていた。しかし、その光のない目の奥には固く決意したものがあるようにも見えた。時魔からあたしを守ろうとするヒカルの目に、とてもよく似ている。

「A-015、逃がしてもいい。しかしそうすれば、おまえの時だけでなく、おまえが尊敬してやまない兄の時までも全て奪うことになるぞ。」

時をすべて奪うということは……。そのときあたしはハッとして、星のお兄さんが誰なのかわかってしまった。

「星、あなたのお兄さんて、まさか」

「星のお兄さんて、もしかして…」

ヨウもわかったらしい。あたしたちは声を揃えて星を見た。しばらく目をそらしていた星も、覚悟を決めたようにあたしたちをまっすぐ見据えて言った。


「ああ…。俺の兄貴は、おまえたちの言うヒカルだ。」

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