第6話 小夜

C-003の事件から二週間後。ヨウは暇さえあれば星座研究部の部室に立ち寄るようになり、カサメも以前よりヨウに対して丸くなった。この一週間の間にも何匹か時魔を退治したが、どれも「あ、弱いな」と思ってしまうのばかりだった。雨が一日中ずっと降り続けることは少なくなり、ときどき晴れ間を見ることも多くなっていた。


 その時魔は、部室にあたししかいないときに来た。

「あ・・・ヒカルってやつを知っているか。」

黒く細い目、黒い翼、鋭い牙、黒い袴のような服の時魔で、そのえらそうな態度と顔をどこかで見たことがあるような気がした。額の魔黒石は漆黒に輝いていて、まるで真夜中に星が光っているようだった。

「A-015!何しているんだ、こんなところで!」

めったに出さない大声を出しながら、ヒカルがずかずかと入ってきた。正直、助かった。名前にAがつくだけあって、見ただけで強いやつだと分かる雰囲気があった。このまま一人だったらどうなっていただろう。


「お・・・魔王から言づてを頼まれたんだよ。」

大きな音を立ててドアを開けたのはニコとカサメで、二人ともA-015を見て渋い顔をした。特にニコの顔は憎しみがあるようにも見えた。でもそれは気のせいだろう。

「とりあえず、あ・・・ヒカルはこっちに来い。」

ヒカルは神妙な面持ちで教室を出ていった。

「魔王って時魔の親玉じゃないの?敵同士なんでしょ?」

あたしの質問に、ニコとカサメは顔を合わせて困ったような顔をした。

「・・・僕たちと魔王は微妙な関係なんだ。魔王は手下の時魔がいなくなろうと気にしない人だから僕たちを憎んでいるわけでもないし・・・。」

あ、これはなにか隠し事をしているな、と思った。歯に物着せぬ言い方をするニコが、言葉に詰まっているなんて、何かあるに違いない。

 そのとき、外からヒカルの怒鳴り声とどたばたした音が聞こえた。その音はすぐにやみ、数十秒後にヒカルとヨウが入ってきた。

「びっくりしたな。ここに向かってたら急に大きな音がして、駆けつけてみたらヒカルがお札持ったまま空をながめているんだぜ。」

声をかけたらびっくりしちゃって、らしくねえな、とヨウは陽気に笑った。その笑い声につられてあたしたちも口元を緩めた。

 ヒカルによると、魔王の言づてとは「もうこれ以上、時魔退治をするな」とのことだったという。それだけではなかったような気がするのは、ただの女の勘だ。その後A-015が窓から出て行こうとしたので、退治しようとしたが、逃げられたのだという。それが、あの大きな音だったのだとヒカルは説明した。真実は、分からない。


 A-015が去ってからしばらくした後、部室の窓に何かが飛び込んできた。

「うわ!なにこれ、かわいい!」

思わず叫んでしまった。時魔なのは間違いない。黒い羽に牙がある。着ているのは心なしかさっきのA-015のものに似ていて、さらにフードらしきものをかぶっている。けれど、こいつは、極端に小さい。身長は二十センチといったところか。羽も比例して小さいし、黒い目もくりくりだし、ほほもぷにぷにしていて、かわいすぎてある意味怖い。床に突っ伏したそいつを拾い上げると、急にぴょんと手から出て飛んで行こうとした。しかし動きが遅いために、あたしにもう一度捕まえられ、部室の机に運ばれた。

「こんなの拾った!」

ニコはやれやれと首を振ると、

「よくわからないのを拾うもんじゃありません。」

と、捨て犬を拾ってきた子供をしかる母親のような口調で言った。ヨウも大きくうなずいた。なんだか子供扱いされた気がして、ムッとした。

「ほんとだ!かわいい!」

カサメもいくら強くたって女の子だ。目を輝かせている。ほんわかした雰囲気が包み込む。

「時魔だな。」

ほんわかした空気を一瞬で冷たくするようなやつは、KYというのだと思う。ヒカルはKYだ。

「退治するとか言わないでよ。」

「おい、おまえ。名前は何だ。」

ヒカルは見事にあたしを無視した。ここにいる男子は、あたしをこんなに怒らせてどうするんだろう。

「・・・Z-021。」

「え!!」とカサメたちが驚いたことに驚いた。しかし、よく考えたら分かった。

「各グループには二十匹までしかいないんじゃ・・・。」

「そうだな。」

ヒカルの対応は落ち着きすぎていた。さっきの魔王からの言づてに、このZ-021の話もあったのではないかと思った。

「ボクは最近生まれた一番新しい時魔なんです。だから一番弱いし、存在もまだまだ知られていなくて・・・。」

申し訳なさそうな話し方も敬語も、かわいかった。それでも、この子は時魔。退治されてしまうのかと思うと、なんだか心が痛んだ。

「退治はしない。」

ヒカルが、あたしの心を読んだかのように突然言った。時魔なのに・・・と思いつつも嬉しかった。

「あたし、この子飼いたい!」

「え!わたしも!」

「ちょっ、ボクはペットじゃないんですよ?」

「そう、ペットじゃない。おまえはしばらくこの部室にいろ。エネルギーになる魂の補給は、この魔黒石からすればいい。」

はしゃぐあたしとカサメをにらみつつ、ヒカルはZ-021に魔黒石を与えた。魔黒石から魂を補給してエネルギーにするとは思わなかった。

「そうだ!この子に名前付けてあげようよ。」

「それ、いいね!Z-021なんてロボットみたいだもんね。」

Z-021は小さいけれど、やっぱり時魔だし、夜の闇のように黒い。

「・・・小夜・・・。」

つぶやいたあたしの単語に、カサメは食いついた。

「それだ!女の子みたいだけど、それがかわいいさをあらわしてるし、ぴったりだ!」

という成り行きで、小夜を部室に住まわせることになった。この小夜が、小さいながらも大きな存在であることを、あたしたちはまだ知らない。

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