第39話 未来のアルカディア

 あの戦いから一週間。レイジは町の病院で治療を受け、現在入院中である。


 清潔に保たれた、綺麗な病室で優雅な生活を送るレイジに、今日もまた見舞い客が訪れた。

 ドアをノックする音。レイジは短く返事をした。


「毎日来んのな、お前。そんなに俺に会いたいか」


「き、来たくて来てるわけじゃない。あの二人はエルナを送りに行ってからまだ戻ってないし。だから今ひとり……だし、なんか暇だから……しょうがなく……だ」


 頬を赤らめながら入室したのは、見舞いの花を持ったリディアだ。


 そうかよ、と苦笑いして、レイジはベッド脇の椅子にリディアを招いた。


「それで、今日の調子はどうなの?」


「良好だ。でもやっぱアバラ四本、両足靭帯損傷とヒビ、両腕ポッキリ? 内蔵もいくつかいっちゃってるんだっけ? それでよく生きてるよな俺」


 身体中包帯だらけのミイラ男のような装いをして、レイジは偉そうに胸を張る。


「毎日自慢しなくても結構。普通なら死ぬか目を覚まさないかのどっちからしいし。翌日に目を覚ますとか、やっぱ馬鹿は死なないのね」


「うるせ」


 口を突き出すレイジ。リディアは持ってきた花を、花瓶に入った花と交換するため席を立った。洗面所が用意されている個室なので、その場で花と水を交換する。


「そういえば報告。武部が目を覚ましたって」


「……そうか」


「数日後には守護剣に引き取られるみたい。約束を果たしてくれるといいんだけど」


「あの宣戦布告か? 俺は正直、しないほうがいいに一票なんだけど」


 そう? といった態度でリディアは首を傾げる。


「それよりも今後だ。んなこと言った以上、絶対にリウェルトは攻めてくるぞ」


「それは今考えてるわよ。どうやって被害を出さずに戦うか、どうやって勝つか。まあ色々とね。それで――」


 いくら世界を救った英雄の魔法士といえど、リウェルト軍の精鋭部隊にどれだけ立ち向かえるのかは、実際に戦ってみなければわからないというのがレイジの考えだ。


 リディアたちの個々の能力がいくら高くても、数で押される可能性だって大いにある。さらに自分の知らない兵器をまだまだ隠し持っている可能性も捨てられない。


 誰も傷つけずに守り通すのは、はっきり言って無理だろう。


「残りの仲間を探そうと思ってるの」


「仲間?」


「五年前に戦った仲間たち。生き残った魔法士はわたしたち三人を除いてあと三人。あれからみんなバラバラになっているから、どこにいるのかもわからない。だけど次の戦いでみんなの力が必要になる。だから探すの」


 レイジはそれを聞いて、顔を伏せた。リディアは少し覗き込んで、


「どうしたの?」


「俺はどうしようかなってさ」


「どうしようって……なにが?」


 レイジは窓の外へ視線を変えて言った。


「なんかさ、俺の役割って終わっちまっただろ? お前たちに出会って、それが英雄の魔法士で……これから起こる戦争について伝えたら、もうやることねえよ。元の世界に戻るわけにはいかねえし」


 それを聞いたリディアは不満そうな表情を大げさに表し、


「おまえ、馬鹿なの?」


「は?」


「おまえはどうしたいの。ここでずっと寝て、戦争を傍観してるつもり?」


「だって、そうするしかねえだろ……! 俺の力であるZスーツはブッ壊れて、もうないんだぞ。あの時の魔法も使える気配はないし……これじゃただの一般人だ」


「それでも!」


 リディアはレイジのベッドに身を乗り出し、顔を接近させる。近いことに気づいてすぐに離れようとしたが、我慢して言った。


「おまえは……その……わたしたちの……仲間」


 リディアの体温が急上昇する。なにを言っているんだと後悔し、こう付け加えた。


「って、アルダスが言ってた」


 転びそうになりながら後方へ移動したリディアは、レイジに背を向けて続けた。


「おまえ、アルダスの村でこう言ってたわよね。俺ってよそもん、とか、お前たちの正式な仲間ってわけじゃないって」


「ああ、言ったな」


 マルクの家での話だろう。正式な仲間ではないから、一人で守護剣を攻めてもリディアたちに迷惑を掛けることはないと思って言った言葉だ。


「なんか、そういう言い方が気になって……」


 拳を握るリディアを見てなにか感じ取ったのか、レイジは口を開いた。


「何度も言ったけど、俺はさ、ここに来るまであいつらだけが仲間だった。学園を卒業してバラバラになっても、ずっと繋がってて、いつか平和な時代になったらまたみんなで会おうと思ってた。それが一瞬で崩れ去った……その怖さを引きずってんだよ。きっとこれからも変わらない」


「人は、弱いから」


「そうだな」


「だけどわたしたちは、わたしは違う。絶対に死なない」


「言い切れねえだろ、そんなの」


 レイジの表情が強ばる。そんな約束は一七小隊のメンバー全員と散々していたのだ。生きる死ぬの約束などできるわけがない。


「誘ってくれてありがとなリディア。でも俺はもう足手まといだ。いない方がいい」


 それを聞いてキュッと口を固く結んだリディアは、ドアの方へ足を踏み出した。



 その時バンッと勢いよくドアが開いた。


「リディア!」


「おに、ハルト!?」


 突然の兄の登場に驚き、リディアは数歩後退する。もしかしたら聞かれていたのではないか。恥ずかしさと恐怖が心臓を暴れさせる。


「なんでここに。たしかアルダスと村に行ってたはずでしょ?」


「そうだけど……じゃなくて。どうしてこう……ぶるぬああああっ」


 突然顔を赤らめて発狂し始めたハルトに、えー? と悲しい瞳を浴びせるリディア。


「こ、こういう態度がでかくて内心ビビってる男には、直球でこう言えば言いんだ!」


 ハルトはすぅーっと息を吸い込み、室内が静まったところでこう言い放った。


「まずは友達からお願いします! ってさ!」


 握手を求めるように右手を出し、きっちり四五度の角度で頭を下げた。


「なに言ってんだこいつ」


「さぁ。こんな人知らないわ」


 ハルトは想定外の反応に戸惑いながら、


「あ、あれ、僕変なこと言ったかな。あれ、あれあれっ?」


「なーに告ってんだハルト。おめえはあれか、そっちか」


 後ろから現れたアルダスは、土産に持ってきた果物の入れ物でハルトの頭を叩いた。

 薬品臭い病室に笑いが溢れた。


「おめえがどう思ってるかは知らねえがな坊主。俺たちの中では、一緒に旅した奴は仲間なんだよ。それも共に背中合わせで敵と対峙したほどに、信用してる」


「おっさん……」


「こほん。戦う力がなくても、荷物持ちとか買い出しくらいはできるだろう?」


「ハルト……」


「それがができるようになれば……こ、今度はわたしの三メートル以内を歩かせてあげるわ」


「そりゃ、いい特典だな」


 付き合いは短くとも、レイジ自身、この三人とこれからも一緒に旅をしたいと思ったのは事実。仲間という括りがどれほどの意味を成すか、それはこれからの四人次第だろう。


「まったく、めんどくせえ奴らだよホント」


 レイジは三人の顔を順番に見てため息をつき、小さくお礼の言葉を発した。








 ――一〇日後、レイジは予定よりもずっと早く退院した。


 どうやら武部が将軍という地位を使って、この町に回復魔法に長けている魔法士を派遣してくれたらしい。


 五日ほどかけて徐々に回復させ、残りの半分はリハビリを行なった。派遣されてきた魔法士がまだ一六歳の少女だったため、リディアがその間ずっとご機嫌ナナメだった……ということにレイジは気づいていない。


 そして全快とまではいかないものの、日常動作は問題なく行えるまで回復した。

 リウェルトがいつこちらに攻めてくるのかは定かではない。それまでにできることをしなければならないのだ。


 まずやるべきことは、残りの英雄の魔法士を探すこと。




「つまらないな」


「そうね、なんか真面目な青年に見えてつまらないわ」


「脱ぐぞおい!」


 この世界の標準的な服装だという謎の民族衣装を着せられ、恥ずかしがるレイジ。アルダスは相変わらずそんな光景を見て笑っている。


「ま、これから頼むわ。坊主」


「ああ、よろしく頼む」


 アルダスを筆頭に次々と自分の拳を前に突き出し、互いに目を合わせ頷いた。

 そして歩き始めた広い道に、ゴゴゴゴと地響きが鳴り響く。


『ふはははははははッ。ようやくみーつけタ! 僕の愛しい尋ね人! ふひゃッ』


「なんかこの前も同じの見た気がするわ」


「懲りねえ奴だなまったく……」


 向かってくる人物を呆れ顔で見るレイジたち一行は、前回とは違う、四人の仲間として迎え撃った。






 ――ナツキ、ケイ、ダイゴ、ライア。俺、なんかすげえところに来ちまったよ。


 胸にしまった写真に手を当て、レイジは一歩踏み出した。

 未来のアルカディアを守るために。


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君と未来のアルカディア 真堂 灯 @akari-s

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