第38話 夜風
真夏の少しひんやりとした夜風が心地よい。
戦場と化した噴水広場では、町の住民の大多数が見物客となっていた。
夜寝るのが極端に早いというのがこの町での常識らしいが、祭りごとや事件があった場合は大いに盛り上がる。
ハルトやアルダスは、なぜか酒を飲みながら浮かれている見物客を沈めようと四苦八苦している。またリディアは目を覚ました武部の部下三人を光の錠で拘束しながら、地面に座り込む傷ついた少年を見つめていた。
「俺は、この世界に来てある男を倒すように言われてたんだ。それがあんたなのかはわからない。でも、今日のこの行為が今後のあっちに影響を及ぼすことになれば、それは成功なんだ」
レイジは、仰向けになって深く息をしている武部にそう言った。武部は視線を正面に保ったまま答えた。
「負けは認めよう。しかし俺を倒したところで、向こうの計画がなくなることはないだろう。なによりリウェルトは自信に満ち溢れている。自分たちが魔法などというわけのわからないものに負けるはずがないと、そう思っている」
だが、と付け加え、
「向こうが貴様たちの力量を見誤っているのは間違いない。俺がその一人だったからな。英雄の魔法士……聞いた話ではその中でもそこの奴らは下位の実力らしい」
「そうなのか?」
レイジは近くにいたリディアを見た。目が合ったが、すぐに逸らされた。
「それも、あれでほとんどの魔力を封印しているというのだからな」
すべての魔力を解放し、本気を出したらどれほど凄まじい力を発するのか、想像もできない。
「紫藤、貴様と奴ら英雄の魔法士がいれば、守りたいものも、守れるかもしれないな」
レイジは武部の予想外すぎる発言に目を剥いた。そのあと目を細め、
「あんたはきっと、悪い奴じゃない。ただ、あの残酷な世界を見すぎたんだ」
きっとそうなのだろう。あの岩野が自分の格闘術を授けた人物が、根から腐っているわけがないのだ。レイジがもし武部と同じことを経験していたら、同じことをやっていたのかもしれない。
「ふっ、それが殺し合いをした相手に言う言葉か。お人好しの奴だな貴様は」
「んなことねえよ」
出来の悪い部下を見るように、武部は微笑んだ。
「もうひとつ、貴様に教えておいてやる」
「え?」
「紛争が終わらない理由だ」
「……」
「年々紛争で使われる武器が強化されているのはわかるな」
レイジはすぐに頷く。この話題は先日学園の食堂でも仲間たちとしていたからだ。
「武器を与え金を得るのと同時に、奴らと戦って兵士を強化するためだ。新型のZスーツもそうやって造られたのだ」
「……なるほどな。もう、どうしようもねえのな、リウェルトは」
もはや溜め息しか出なくなっていた。レイジは怒りよりも呆れの感情のほうが強くなっている。
「てゆーかあんた、俺にそんなこと話していいのかよ」
「俺に勝った褒美だ」
「は、そうかよ」
岩野に似た、どこか懐かしい感覚。レイジは武部の素の部分が見れたような気がして、少し表情がほぐれたようだった。
話に区切りができたことを確認して、リディアは二人に近づいた。
「おまえたち守護剣を医療機関に引き渡したあと、わたしたちはなにもしない」
「……?」
武部は訝しげな表情をしてリディアの方へ視線を変えた。
「だけど、ひとつやってもらいたいことがあるの。向こうの世界に戻って伝えて。たとえ何千人の侵略者が来ようと、わたしたちが相手になるって。ここに最強の魔法士がいるって」
「リ、リディアさんっ? いでで!」
レイジが慌てて身体を向け直すが、痛みで動けない。
「戻る方法がわかるんでしょう? わたしの言葉を伝えるだけでいい。今後のおまえたちの計画はどうせ話してくれないでしょうけど、これなら別に軍規に違反しないはずよ」
呆気にとられた武部は、しばし考え込む。
「ま、また勝手にリディア! 重大な発言の前には僕たちにも相談しろ!」
「がっはっは。いいじゃねえか! 伝えろ伝えろ!」
聞き逃さなかったハルトは群衆を押さえつけながら叫び、アルダスはまんざらでもない様子で見守っていた。
「どちらにせよ、俺たちは守護剣に長居するつもりもない。この世界の情報を十分に得たのち去る予定だったからな」
「それで?」
「……伝えよう」
答えを聞いて満足そうに腰に手を当てるリディア。
「こっちから宣戦布告かよ……」
ため息混じりにレイジは呟いた。英雄の魔法士という存在が、向こうにとってどう見られるかは謎だ。警戒して計画を中断――ということはまずない。それだけは断言できる。むしろもっと慎重に物事を運びそうに思えた。
「わたしたちは誰ひとり傷つけさせない。アルカディアを守りきってみせるわ」
リディアの背中から、朝日が差し込んだ。
レイジは眩しさから顔を歪めるが、それはすぐに爽やかな笑顔に変わった。
夏のひと夜の戦いは、太陽が昇るのと同時に終結した。
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