第37話 最後の一撃
「なに……!」
レイジは驚いた表情をさせつつ攻撃を躱す。
「あの雨を降らせて戦争を引き起こす。そんなことをしてなんの益があると思う?」
武部は外れた攻撃のあと手を休め、レイジに訊ねた。
「益……」
レイジも足を止め、考え始めた。
テロを引き起こした組織の正体や、その目的については様々な意見がある。
世界をすべて壊したいと思うほど憎んでいる組織の犯行。また、あらゆる国へ武器を与えることで利益を得る金目的の組織の犯行。ただ混乱を招きたいという愉快目的の組織の犯行。だが未だそれは判明していない。判明させる前に戦争が起こってしまったからだ。
そして武部はあっさりと答えた。
「人口を減らせるからさ」
「……っ」
考えたことのない理由。
「どうして、だよ」
「戦争を起こして互いに傷つけあってもらったほうが、楽だろう?」
「そうじゃない! なんで人口を減らす必要がある!?」
レイジは眉根を寄せ、武部が言っていることの意味を考える。
そんなことをしてなんの意味がある。
世界は苦しんだ。未だ紛争が絶えないこの世界でこれ以上なにをしたい。
「この世界の発見は五年前、つまり二〇四一年だと説明したな。ではリウェルト発足の二〇三七年からそれまで数年間、リウェルトは本当に世界の平和を守ろうとしていたと思うか?」
「なんでそこでリウェルトが出てくる」
「聞けよ紫藤。この世界の存在を知ってすぐに支配しようと考えた組織が、本来なにを考えたのか……わかるだろう?」
レイジは冷や汗を流しながら、続きを待った。
「テロを起こしたのは日本だ、紫藤」
「な――」
「あの国の技術があればあんな雨を生み出すくらい造作もないさ。二〇一四年の時点で、億単位の死者を出せるウィルスを造ってしまったくらいだからな」
震える手でレイジは否定しようとする。
「んな、馬鹿な話があるかよ! 自分たちで国民の命も大勢奪ったってのか!」
この世界を乗っ取ろうという考えだけでも呆れるというのに、なんだこの馬鹿みたいな作り話は。レイジはありえない話を聞いて、思わず顔がにやけてしまう。
「今のリウェルトを知っていても、それが言えるのか?」
「……!」
反論できなかった。現に向こうの世界を捨て、この世界を手に入れようとしている組織なのだ。更に人の命を奪うようなことをしてまで。
「自国の人間だけ生かしておくなんて間抜けなことはしないさ。同じ被害国として扱ってもらうにはな」
「それがもし本当だとして、なんであんたはそんなことをする組織に居続けるんだ! 民間軍だったって言ってたじゃねえか! そんなあんたがなんで!」
武部はため息をつきながら、
「言っただろう。俺はもう、あの世界を諦めた。だからここで再び平和を創るのさ」
「だからそれがわかんねえって言ってんだよ!」
躊躇なく向かってくるレイジを今度こそ戦闘不能へ追い込むため、武部は最大級の力を拳に込める。
「あああッ」
吠えながら、レイジは右腕を限界まで後ろに引き、武部の顔目掛けて放った。
だが渾身の一撃も、武部の纏うスーツには適わない。顎まで拳が届いた瞬間跳ね返された。
にやりと笑う武部。それと同時に突き上げるような拳がレイジの胴体へ入る。レイジの身体が一瞬浮いたその間に、武部の後ろ回し蹴りが炸裂する。
爆発音のような凄まじい音が響き、レイジは噴水を破壊しながら遥か後方へ吹き飛ばされた。
「う……ゲホッ! ああ……ッ!」
喀血しながらレイジは地で悶え苦しむ。今の攻撃でZスーツがほぼ破壊されてしまった。
「アルダス! もうだめだ、行こう」
「……」
このままでは命を失う。今まで傍観していたハルトは武部を睨んだ。それに気づいた武部は手招きした。
「構わんぞ、たとえ相手が貴様らであろうと負けることはない」
英雄の魔法士の強力な魔法を見たあとであるというのに、余裕の表情を見せる武部。これは死闘という場数を踏んだ男だからこそ、見せることができる態度なのだろうか。
「エレクトラ、行こう」
主の横でじっとしていたエレクトラは、その命令で一歩前に踏み出した。だが、なにかに気づき振り返った。
『我が主。あれを見よ』
ハルトは目を凝らし、エレクトラが顔を向ける方向を見る。
「俺は、まだ死んでねえぞ」
「レイジ!?」
上半身のスーツの装甲はほぼ破壊され、残るは右腕、下半身部分のみ。下に着るインナーは血でびっしょりと濡れており、それでも立ち上がろうとしている今の姿がハルトには信じられなかった。
ガクガクと足を震わせながらゆっくりと立ち上がったレイジの姿を見て、流石の武部も驚愕の表情を浮かべた。
「貴様……! なぜ立ち上がれる。いや、なぜ立ち上がる?」
「ゲホッ……たしかにじっとしてりゃ、あとはハルトたちがなんとかしてくれそうだけど……それじゃ俺がここに来た意味がねえんだわ」
レイジは身体中の痛みを我慢しながら、震える声で続ける。
「岩野……あのハゲがここに送る人間を俺に決めた理由はイマイチわかんねえけど、それでも俺ならできると信じて送ってくれたんだ。なら、それに応えなきゃいけねえだろ。そうでなきゃ、一緒に来るはずだった死んだ仲間にも申し訳ない。明るい未来を信じて待ってる人たちに、もう悲しい思いはさせねえ!」
「貴様は、あの世界はもうだめだと言ったはずだ!」
「それは邪な考えをもつあんたらがいるからだ! だから俺は戦ってやるよ! 戦争を起こそうとする根源を、徹底的に潰してやる!」
武部は身体の底から湧き出る怒りから表情を歪ませ、足で地を強く蹴った。辺りは地震のように揺れ、武部の周りにクレーターが発生する。
レイジは右腕を見つめ、力の限り拳を握りこんだ。
「はぁぁぁぁ……!」
気合の溜めのあと、レイジは足を地面に突き刺し固定した。
武部は開いたレイジとの距離を一気に詰めるように思い切り地を蹴り、飛び出す。
互いに狙うは顔面。正々堂々と正面から拳を放った。
拳が届いた直後、ブワッという目を閉じてしまうほどの風圧が、二人を中心に外側へ流れ、大地が割れるような強い衝撃がリディアたちを襲った。
「きゃっ」
ギャラリーもどよめく。煙のようなものが二人を囲み、状況をわからなくさせた。
「どう、なった?」
「……」
アルダスやハルトも心臓の鼓動を早めながら、目を凝らす。
「あっ……」
だんだんと煙が晴れ、衝突した二人の姿が見えるようになると、リディアは声を上げた。
武部の放った拳。
それはレイジの顔の、やや左に逸れていた。
そしてレイジの放った拳。
力と思いを込めて握ったその拳は、光を帯びて、武部の顔面を直撃したまま止まっていた。
「これは……?」
レイジは自分の右腕を見て声を漏らした。手首から肘にかけての中間に、直径三〇センチほどの青い魔法陣が腕輪のように展開されていたのだ。
カラツァの部隊にいたバロックという大男が自分に使ったあの魔法だろうか。しかしなぜ魔法が。
そんな疑問を浮かべている間に、ねじ込んだ拳の先の男が嗚咽を漏らし、Zスーツに縦に亀裂が走る。そして武部は片膝を突いた。
「なぜ、貴様が魔法を……」
いまだ魔法陣が解除されずにいるレイジは困惑していた。同じく驚きの表情を見せているハルトは自分の考えを述べる。
「魔力を持つ九割以上の人は生まれつきの先天的なものだ。だけどごく希に後天的に発生する例があるらしい。僕は見たことはないけど、レイジはきっとその後者だ。なにかの強いイメージや思いで魔法が具現化することがある、という話を聞いたことがある」
武部を倒す腕力を求めた結果、レイジが実際に受けた魔法が奇跡的に具現化したということなのだろうか。言葉だけではイマイチよくわからないが、それはつまりレイジに魔法士としての素質が身に付いたということだ。
武部は血を吐き出して、ゆっくりと立ち上がった。
「ククク、面白いやつだ貴様は。今まで見てきた連中の中で、一番興味深い」
武部は今の衝撃で破損したZスーツの胴体部分をすべてパージした。脳内で念じたのか、手を使うことなく一瞬で外された。高津との戦いの時にスーツを無力化できなかった意味が、ここでようやく判明したのだ。
おそらく互いに数発攻撃できるかどうかの極限状態。筋肉が断裂し、内蔵は破裂しているかもしれない。レイジは全身の激痛で、立っているだけでも意識が飛びそうだった。
それでも、レイジはこの世界の未来をかけて腕を引いた。
「俺は戦うよ。生きている俺たちだけが未来を守れるんだからな」
そして武部は肩で息をしながら構える。
「俺は――」
二人の拳が、再び衝突した。
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