第36話 武部という男

 静まる戦場。その中心で、レイジは構えていた。


「あんたに恨みはない。だけど、あんたをここで倒さなきゃ、悪い未来しか待ってねえんだ!」


「お強い仲間ができて調子に乗っているのか知らないが紫藤。貴様に倒されるほど俺は甘くはない」


 今まで腕を組んでいた武部は、ゆっくりと構えた。その構えの姿を見て、レイジは目を見開いた。


「その構え……!」


「これか? 俺の尊敬する人物に指導してもらったものだ」


 足はあまり広げずに腰を少し落とし、左右の指をすべて開く。腕は高く、左腕を前に。


 レイジは自分の型に近い――ほぼ同じ構えに驚いた。その構えはリウェルト公式のものではなく、岩野教官に教えてもらったものだからだ。


「岩野が死んだというのは残念だ。奴こそ世界で上に立つ人物だと思っていたのだがな」


「どういうことだ」


「奴の経歴はただの元リウェルト兵ということで通っているんだろうが、実は違う」


 レイジは息を呑む。


「岩野ゲンゴウ。奴はリウェルト軍最初の兵の一人だった」


「……!」


「Zスーツ開発にも関わり、完成後自らが戦場を駆けた。俺も昔戦場で救われた一人だ」


「あんた、もしかして民間軍にいたのか」


 黒雨戦争後の暴動を抑えるために組織された民間軍。その民間軍に所属していた者の大半が、リウェルト発足後にそちらに移ったということをレイジは知っていた。


「ああそうだ。震える手で機関銃を握り締め、多くの仲間を失った。貴様が経験した悲しみなど、俺の悲しみに遠く及ばん!」


 武部は表情を変えず、淡々と続けた。


「俺はリウェルト軍に入り、岩野と出会った。それからいろいろと学ばせてもらったよ。この格闘術もその一つだ」


 言って、武部は地を強く蹴り、レイジのいる位置へ瞬く間にたどり着く。


 ――速い!


 回避行動を取る時間すら与えず、武部の拳はレイジに突き刺さった。


 レイジは腕をクロスし胴体への直撃を免れたものの、トラックに衝突したような大きな衝撃と共に、アルダスの防御壁まで一気に吹き飛ばされた。


「くぅ!」


 防御壁への衝突と同時に、左腕の装甲が砕け散った。その部分の素肌が丸見えになり、血が流れだす。レイジは左腕の装甲を完全にパージさせ、刺さった破片を引き抜いた。


 Zスーツを着た戦闘での初めての痛み。だが痛がっている余裕はない。


 目前に武部の足底が迫る。無理やり身体を捻りそれを回避。その後レイジは高く跳躍し武部と距離を取る。


 だが武部はそれを許さない。不規則な変化をもたらす空中移動で、レイジの位置まで一気に距離を詰めた。


 掌底打ち。


 岩野が最も得意としていた打撃攻撃。幾度も見てきたが、態勢が崩れた状態で躱せるほど甘い技ではない。シンプルにして驚異的な破壊力を持つ。


 掌底が顎や胸に当たる瞬間、捻るように押し出すのが岩野流。それを見事に再現した武部の掌底打ちが、レイジの顎に綺麗に入った。


 錐揉み状に回転しながらレイジは吹き飛んだ。地面を何度もバウンドして、五〇メートルを過ぎた辺りでようやく止まる。


「ぐ……っ!」


 顎に強い衝撃が入り、視界がグニャグニャと動く。Zスーツがなければ首ごと飛んでいたであろう破壊力に恐れながらも、レイジは立ち上がった。だが足がふらつき、二、三歩よろける。


「俺はZスーツもない戦争直後から戦ってきた。その時ガキだった貴様とは違って、もっと悲惨な光景を目の当たりにしてきたのさ。なにも知らない学生がすべてを知ったようなことを言うんじゃねえぞ!」


「なら、やっちゃいけないことくらい大人のあんたならわかるはずだろ!」


「大人だからさ。だからなにを犠牲にすべきかの判断ができる」


「自分がよけりゃそれでいい……ってことをか?」


 武部は片眉を上げる。


「俺もそうだったよ。あの雨が降った場所、戦争が起こった場所、それが自分の周りじゃないから別にいい。自分たち家族が無事ならそれでいいって、そう思ってた」


 でもな、とレイジは付け加え、


「本当はその時、悲しむべきだったんだ。被害にあった人達がどれだけ苦しんだのかを。俺はそれができなかった。ガキだったからとかそういうんじゃなくて、あの時俺は人の心の痛みを知らなきゃいけなかったんだ……!」


「知ってどうする。なにができるというんだ! あの世界で他人のことを考えている余裕なんてないことを、貴様自身よく知っているだろうに!」


 武部は興奮しながらレイジの言葉を否定する。


 レイジは武部の方へ駆け出した。拳を強く握り締め、一直線に。


「考える余裕がないんじゃねえ。考えてないだけだ!!」


「ガキが……ッ!」


 吐き捨てながら、武部も一直線に飛び出した。



「なら貴様にひとつ、真実を教えてやろう」



 武部はにやりと口角を上げながら拳を引く。




「黒い雨を降らせた首謀者の話だ」

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