第35話 燐光のリディア
もう一つの戦場では、リディア、成瀬が一〇メートル程の距離をとって対峙している。
「あなた、その綺麗な顔に傷つけてほしくないのなら、今すぐ降参しなさい」
「ふん、おまえもね」
成瀬は銃をリディアに向ける。レーザーの出力を上げ、キィィィンと高い音が鳴る。
リディアは目を細め、右腕を前に突き出した。
そして躊躇いなくリディアに発砲。しかしリディアに当たる寸前に、なにかに打ち消されたかのようにレーザーは消失した。
「!?」
確かに直撃コースだった。それも的は一歩も動いていないではないか。成瀬はあんぐりと口を開ける。
舌打ちし、もう一度構え直し、さらに出力を上げて撃つ。
だが、やはり当たる直前で蒸発するように消えた。
よく見ると、リディアの少し上、また左右にそれぞれ小さな金色の魔法陣が三つ浮いている。
「なに、あれは……?」
あのような魔法陣の展開の仕方はこの世界に来て一度も見たことがなかった。
それどころか、杖なしで魔法を行使する人物も見たことがない。杖は魔法を発動させるために必ず必要というわけではないが、術の安定性、発動性の面で九割の魔法士が使用していると聞いたことがあった。
リディアは右腕を突き出したまま、聞き取れないほどの小さな声で言った。
「――《光矢三連擊》」
直後、成瀬の僅か数センチの場所に、細い光が三つ通り過ぎた。
そして成瀬が振り向く前に、アルダスが展開した防御壁にそれが衝突し、大爆発を起こした。
近くにいたギャラリーがその威力に叫び声を上げたが、すぐにそれは歓声に変わる。
「すげえ!」
「いっけええ!」
「……!」
攻撃を放ったリディアの身体は、かすかに白く輝いていた。
「燐光のリディア」
武部が呟いた。
英雄の魔法士にはそれぞれ二つ名が存在する。通常の魔法士と違い、全員が火や水などの単純な属性魔法以外を用いる集団だったからだ。
防御魔法『双晶のアルダス』、召喚魔法『虹色のハルト』、そして光魔法『燐光のリディア』。
個々の力は強く、五年前の最終決戦時の彼らの力は、並の魔法士では相手にならないほど強大なものになっていたそうだ。
「なんなのよ、一体!」
成瀬は先ほどレイジに使った空中制御機能をふんだんに用いて、リディアに的にされないように急接近した。
そして腰に装備してある剣を抜き、リディアに斬りかかった刹那、成瀬の身体は硬直した。
両手両足が金色に光る鎖に絡み取られ、身動きがとれなくなったのだ。それもだんだんと上空へ身体が持ち上げられていく。
さらに今度は小さな魔法陣が、成瀬の周りを埋め尽くすように、全方位に無数に出現。辺りを明るく照らした。
「こ……今度はなに?」
魔法陣から光。これは矢だ。矢尻部分がゆっくりと顔を出している。
ターゲットはただ一人。
縛られている成瀬。
成瀬は必死に抵抗する。全力で鎖を引きちぎろうと暴れるが、びくともしない。
新型Zスーツの力をもってしても破壊できない光の鎖。成瀬は涙ぐみ、顔を振りながら叫んだ。
「い……いや、やめて……! 化け物!」
リディアはため息をつき、
「雑魚と言ってたくせに、今度は化け物? まったく、人をなんだと思ってるのよ。正直傷つくし、むかつく。今は二、三割の魔力しか出せないっていうのに。本気を出したらなんと言われるのやら」
「これで……全力じゃないの……?」
「こんなのが全力だったら、五年前に全員死んでるわ。でも、おまえを倒すには十分ね」
「ひッ……」
腰に手を当て成瀬を見上げるリディアは、哀れむような表情をした後、右腕を上げた。
魔法陣の向きが少しずつ動く。矢の方向を成瀬の方へ微調整しているようだ。
「あ……ああ……!」
「――《光矢無窮連撃》」
「いやああああああ!!」
リディアが低めの声で魔法名を名乗った時、成瀬は気を失った。
先ほど見た三本の光矢の破壊力もすごいものだったが、それが今度は何十、何百と自分に向けられていたのだ。それはあちらの世界の成瀬にとって、拘束されたまま何十人もの人間に機関銃を向けられているようなもの。まるで拷問のようなこの状況は、とても女性が耐えられる恐怖ではなかった。
「……残念」
久々の魔法をもっと試したかったのか、中断せざるを得ない状況にリディアは頬を膨れさせる。そんなことで攻撃されたらたまったものではないが、リディアはその後魔法陣を消し、成瀬を地面にゆっくりと下ろした。
リディアは周りの状況を確認するため辺りを見回した。
「……ん?」
「おせえぞリディア」
「久々に見たけど、やはり惨いね……」
倒れる男二人を重ね、上に座る上機嫌なアルダス。そして近くで立っているハルトが顔を青くして言った。
早々と勝敗が決まったこの二人は、リディアに近づき、同時にハイタッチした。
前半の戦いのせいで身体はボロボロだが、なにかを吹っ切ったように、清々しい表情をしている。
「さて、あとはあいつだけだな」
アルダスは目を細めながら呟いた。もうひと組の戦いが始まろうとしているのだ。
レイジと武部。同じ世界から来た人間同士。
アルダスが戦闘に介入する前に聞いた話では、状況はレイジの方が悪いようだった。レイジの着るスーツよりも高性能で、なによりあのスーツを着た人間に仲間を何人も殺されたという恐怖が、レイジを弱くさせるような気がした。嫌な予感しかしない。
「援護したほうが」
リディアが身を乗り出して言ったが、ハルトはそれを止めた。
「あれはレイジの戦いだ。僕たちは見守ろう」
「つーかリディア、坊主を助けようなんて、いつの間にそんな仲になったんだ?」
がっはっはと笑うアルダスを睨み、リディアはうーと唸った。
「まあ、大丈夫だ。あいつは強い」
強いという言葉の対象が『力』なのか『心』なのかはわからなかったが、リディアは大きく頷いた。レイジという存在は、この世界のなにかを変える。そう確信していたからだ。
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