第34話 虹色のハルト
レイジはかすれた小さな声で呼ぶ。煙が晴れた時に、そこに姿がないことを確認したら、自分はもう壊れてしまうだろうという確信があった。
だが。
「ふいぃ。あぶねーなぁ、おい」
「え……」
レイジは、晴れていく煙の中から発せられた声を聞き、落胆し地面に向けていた顔をゆっくりと上げた。
「攻撃されたのが俺でよかったぜ、まったくよお」
見るとアルダスの身体の正面――攻撃を受けた箇所に、直径二メートル程の魔法陣が浮いており、それが熱を覚ますようにぐるぐると回転していた。
「お、おっさん。生きてんの、か?」
「なぁに言ってんだ坊主。俺を誰だと思ってやがる。鍛冶屋のアルダスだ」
「それ、答えになってないよ」
冷静なハルトのツッコミは、こうしてアルダスが何事もなかったように振舞っているのが、ごく普通なのだということの表れなのだろうか。
「まさか、これは自動防御魔法オートフィル!?」
攻撃した男の愕然とする反応を見てアルダスはニッと笑い、
「魔力をちっと開放したら勝手に出てきてくれたんだわ。ちっと魔力不足だが、おめえらの鎧とどっちが優秀か、勝負といこうじゃねえか」
「ハッ……望むところだ」
引きつった笑顔で返す男に、突然大きな痛みが襲った。
「ングゥ……ッ!」
身体を焼かれるような猛烈な痛み。思わず膝を突く。アルダスを睨むが、動いた様子はない。
Zスーツの耐久力も若干ではあるが低下している。
「貴様……なにをした……!」
「ああ、俺は防御魔法専門でよぉ。防御が成功すれば、多少だがお返しできる特殊効果つきなのさ。わりいな」
男は奥歯を噛み締め、更に表情を引きつらせる。
アルダスはこの隙に右腕を空へ突き出して、直径一〇〇メートル程の魔法陣を上空へ展開させた。
すると噴水広場に蓋をするかのように、透明の半球の膜がギャラリーの前を覆った。膜の外側の人間がそれに触れるが、鉄のように固く、決して破られることはなさそうだ。
「これで少し暴れても問題ねえぞ! でも久々で魔力が足りてねえ。おめえらに自動防御魔法はかけてやれねえからな」
「問題ない。助かるよ、アルダス」
ハルトは礼を言い、右手を横に突き出した。
指先に自分よりも一回り大きい魔法陣が出現し、それが真っ赤に燃え上がった。
「来い――《エレクトラ・ラディアント》」
囁くように小声で言うと、出現した燃える魔法陣から、獣の前足がゆっくりと現れる。一歩、二歩と踏み出しハルトの前に現れたその獣は、青い炎を纏っており、虎のような姿をしていた。
虎――エレクトラは肩のこりをほぐすように首を一回ぐるんと回すと、呼び出した主に顔を向けた。
『久しいのぉ、我が主。四年ぶりくらいか』
「ああ、突然悪いねエレクトラ。まだ僕との契約は続いているみたいでホッとしたよ」
『正直浮気しとるがのう。まあ、お主がまた共に戦いたいというのなら喜んで手を貸そう』
古風な話し方に似合わない、意外にも若い女性の声で言葉を発したエレクトラ。浮気発言に落ち込みながらも、ハルトはすぐに顔を引き締めて自分の敵を見る。
『あやつ等、みな悪い顔をしておるのう、殺気立っておる』
「彼らは魔力を持たない代わりに未知の力を使う。気をつけてくれ」
『ほう……ただ、お主の魔力があの時と比べ、桁違いに弱すぎる。このからだもチンケなものじゃ。期待に沿えるかわからぬぞ』
エレクトラの姿かたちは虎に非常に近い。違うところといえば青い炎を纏っていることと、口から二〇センチほど飛び出している鋭い牙くらいだろうか。大きさも野生の虎と変わらないように見える。
『ま、あの程度の殺気では、今の我にも適わんじゃろ』
全盛期のハルトが呼び出していたエレクトラの姿がどうだったのかはわからないが、エレクトラの自信に満ちた表情、言葉からわかるとおり、本来はとてつもない力を持っているのだろう。
力強く地を蹴り、正面で構えている男目掛けて、エレクトラは胴体を捻りながら飛び込んだ。
『ガルルッ』
低い唸り声を上げて牙を剥き出すエレクトラに、男は素手で立ち向かった。
男は太く長い牙を掴んだ。Zスーツの性能に任せてエレクトラを軽くあしらおうとしたが、ピクリとも動かない。それどころか、自分の身体がどんどん後ろへ下がっていく。
「ぐ……おおぉッ!?」
『ほう、受け止めたか。じゃが……』
牙を掴む手が、ジュウウと音を立てている。青い炎の熱で、だんだんと溶けているのだろう。
「あ、ああぁああああぁあああ!」
悲痛な叫びが轟く。エレクトラは哀れみを示し、男から距離をとった。
「こ、この……ッ」
腰に装備されている小型の銃を引き抜き、男はレーザーを乱射する。エレクトラはそれをあえて受けた。どれほどの威力があるのか確認するためだ。
レーザーは体に浸透していくように、すっと炎の中に消えていった。
エレクトラは首を傾げ、再び男の方へ跳躍した。
「多彩な防御魔法使い、双晶のアルダス。七体の幻獣使い、虹色のハルト。そして――」
武部は顎に手を当て、なにかを思い出したかのように呟いた。
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