第33話 力の使い道

「エルナ!? おめえあっちで待ってろって言ったじゃねえか!」


 アルダスが驚きの声を上げる。エルナとは、アルダスの町でカラツァに連れて行かれたマルクとカルラの一〇歳の娘だ。そしてレイジとリディアは、このエルナを救出するためにこの町を訪れていたのだ。


 なんでここに、というレイジの疑問はすぐに解決した。


「カラツァ・グリンと連絡が取れないと思っていたが、貴様らの仕業か」


「リディアと坊主を探してたら、ふらふらと細なげえのが歩いてたんでな。ちっと手が出ちまった」


 それを聞いて、リディアは安堵したように肩を下げた。


 エルナは無事ハルトとアルダスによって救出されたのだ。

 しかし、悪い状況は変わらない。こちらはもうやられる寸前なのだ。


 するとエルナと一緒にいる町の人が、次々に声を上げて言った。


「あ、あんたら英雄の魔法士だろ!? この女の子を助けてくれたってのは本当か!」


「俺も守護剣のやり方が気に入らねえ! 弟が連れて行かれたんだ! あんたらに協力するぜ!」


「あの手配書もなんかの冤罪なんでしょ!」


「守護剣なんて信じられないわ!」


 この戦闘の音で眠っていた住民が目を覚ましたのか、奥の居住区の明かりが次々とつき始めた。そしてだんだんと人が集まってくる。


「チッ、構わん、やれ!」


 指示して戦闘を再開させようとする武部。


 だが人々の視線が気になり、なかなか動くことができない。

 ハルトは皆に訴えるように叫んだ。


「ぼ、僕たちのせいで守護剣ができたのは知っているだろう! 僕たちがあなたたちに苦しみを与えているのと同じことなのに!」


「できた理由なんか関係ないさ! 悪いのはこんなやり方をしている上の連中だろ!」


「あなたたちみたいな魔法士が上に立てば、きっと平和になるわ」


 暖かな声援。それは、今まで聞いたことがなかった。

 魔法がいかに強力か、英雄の魔法士の名を使って大々的につくられたのが守護剣。


 だから自分たちは絶対に恨まれていることだろう、それしか考えてこなかった。だから姿を眩ませて、魔力の大半を封印したのだ。


「なん……で」


「はは、お前らの勘違いだったみたいだな」


 困惑するハルトに、レイジは笑いながら言った。


「そういえばそうだよな、ほら、思い出してみろよ。お前らおっさんの村で、そこのエルナって子の親になにか言われたか? そんなことなかっただろ?」


「……」


「お前らが原因だったら、怒りの矛先がお前らに向けられてもよかったはずだ。助けに行こうとしなかったのにだ。でも、あの子のことを真剣に考えて感謝されたよな」


 レイジは言いながらゆっくりと立ち上がる。


「力の使い道ってのは難しいよな。目立つ奴らは特にさ」


「力の……使い道……?」


 リディアは自分の手のひらを見つめた。この手で今まで人を救ってきたつもりだ。でも守護剣の登場から、それは間違いだったのではないかとも思うこともあった。


「お前らナイーブすぎんだよ。どんだけ心弱いんだっつーの」


「な、なんだと! 君がそれを言うか!」


「自分たちはすごいことをやってのけた。それでいいじゃねえか、文句あるやつには言わせておけよ」


「そんな気楽なものじゃない! 君みたいに――」


 ハルトは反論しようとしたが、なにかを言おうとして止めた。


「俺には力がなかったから、みんな死んじまった。だけど、お前らにはあるじゃねえか。羨ましいよまったく」


「……今の僕らに、世界を守る権利なんてあるんだろうか」


「権利がなきゃ守っちゃいけねえ世界なら、んなもん捨てちまえ」


 そう吐き捨てるレイジを見て、アルダスは思わず吹き出した。


「がっはっは。まいったな坊主、見事見抜かれっちまったみてえだ」


「おっさん」


「剣だって、すべては使い方だ。人を傷つけることも、守ることもできる。魔法も一緒だ。魔法を使わないから剣を使う……矛盾してるのにも気づいちゃいたのさ。おめえにそれを指摘されそうになって、あの時は焦ったぜ」


 アルダスは剣を空に向かって突き上げると、いつの間にかできていた大勢のギャラリーに問いかけた。


「世界が再び混乱に陥ったら、俺たちは戦っていいか!?」


「当たり前だ!」


「あんたらしかいねえだろ!」


 即答だった。


 同様の激励の言葉がその後も辺りを飛び交った。なぜこんな当たり前のことを問うのか、そんな表情が読み取れた。


 町の住人は、ハルトたちが魔法を使わなくなったことすら、おそらく知らない。だが彼らのその決意、努力は無駄ではなかった。こうしてこの世界の住民から心の声を聞くことができたのだから。


「アルダス、リディア」


 ハルトは順番に顔を見て、


「もう一度、共に戦おう。そしてアルカディアを守ろう」


「おうよ」


「了解」


 そしてハルトはレイジに頭を下げた。


「ありがとう、レイジ」


「別にいいっつーの、てかなんにもしてねえよ俺は」


「ふふ、そうだね」


 そうしてレイジたち四人は、それぞれの敵を見据えた。


「雑魚が。さんざんいたぶられて今更なにをしようって?」


「大舞台で負け顔を晒せば、二度と歯向かわないでしょう」


 いかにも侮蔑した態度でハルトたちを見る武部の部下たち。

 だがハルトたちはそれに反応することなく、ゆっくりと深呼吸した。


 レイジは自分周辺の空気が変わったのを感じ取った。ピリピリとした緊迫していたものから、なにか柔らかいものが流れ込んでくるようになった。


 武部もなにか感じたのか、眉間にしわを寄せた。


 行動を再開させたのは、アルダスと戦っていた男だ。

 着ていたローブを投げ捨て、背中に装備していた巨大な銃のようなものをアルダスに向かって構えた。


「――ッ。あれは!」


 レイジは目を見開いて叫んだ。


 RZ―41


 高津が使用していたあの巨大銃器を一回り小さくしたレーザー兵器だ。あの時見たものよりも小柄だが、これも通常は生身の人間を殺めるために使用するものではない、危険な代物である。


「おっさん! 逃げ――」


 レイジが叫ぼうとしたその刹那、トリガーは絞られた。

 目視できない速度で射出される青白い光線。それは瞬く間にアルダスへ届いた。


 ジュワアッ。という嫌な音が数秒続き、着弾した辺りから白い煙が立ち上がる。


 Zスーツを着ていたケイですら数秒で跡形もなく蒸発した。生身の人間に使われたのであれば、死ぬのは一瞬。撃たれたことすら気付かず死ぬのだ。



「そんな、おっ……さん……?」

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