第30話 美来学園の目的

 深夜三時。


 さすがにこの時間帯では、町の人々は誰ひとり外に出ていなかった。

 宿を抜け出しZスーツに着替えたレイジは、昼間とは打って変わって閑散とした雰囲気の町を眺めながら、一人で歩いていた。


 噴水広場への行き方は、リディアと一度通ったため覚えている。

 黙って出て行ったことを心の中で謝りながら、レイジは進む。


 長い商店街の中心地点、そこに目的地はあった。円形状の土地からは東西南北の四方向へ道が伸びており、その中心に噴水が設置されている。周りには木や花が植えられていて自然で溢れていた。


「よお」


 夜間もライトアップされながら出続けている噴水を背に、腰掛けていたのはあの男だった。


「一人か」


「敵かもしれない奴のところにあいつを連れてくる気はねえよ」


 男は腕を組みながら笑みを浮かべ、


「ほう、上官に向かってその口の利き方、面白い奴だな」


「俺は学園を辞めた。あんたらリウェルトに仲間を殺されたんでね」


 顎に手をやり男は考える仕草をする。そして単刀直入にこう訊ねた。


「貴様はどうやってここに来た」


「岩野って教官に送ってもらった」


「岩野……ほう、貴様あの岩野ゲンゴウの教え子か、奴は元気か?」


 レイジは岩野を知っているという男の反応に驚きを含めながら、


「死んだよ」


 男は渋い顔をし、レイジの言葉を待つ。


「俺をここへ送るために、高津って中将と戦って死んだ。リウェルトの企みとやらを阻止することを、あいつは願っていた」


「……その言い方だと、貴様は俺がここにいる理由を知らないということか」


 レイジは素直に頷くと、男はクククと笑い、


「それでここに来たと。俺が貴様をなぜここに呼んだのか、その目的も考えずにか」


「目的がなんであろうと、俺はあんたと話す機会を得られて好都合なんだよ」


 ふん、と不満げに鼻を鳴らすと男は立ち上がった。そしてレイジのすぐ正面に立つ。


 死んだ仲間のダイゴと同じくらいの身長、つまり約一九〇センチ。自分よりも一五センチは大きい、筋骨隆々とした体躯。


 威圧感を放ち、少しでも気を抜けば後ずさりしてしまいそうだった。


「俺の名は武部。貴様の名は?」


「紫藤レイジ」


「そうか紫藤、すべてを知っていて俺に歯向かっていたなら、貴様をすぐに殺していたところだが……どうやらそうでもないらしいな。俺の話を聞いて、今後の態度をどうするか判断しろ」


 そう言って武部と名乗る男は、再び先ほどまで腰掛けていた場所戻り、足を組んで座った。


「貴様はあの世界をどう思う」


 あの世界とはおそらく元の世界のことを指しているのだろう。レイジは思ったとおりに簡潔に答えた。


「あの世界は、嫌いだ。もう救いようがない」


「ほう……」


 武部は感心したように声を漏らした。


「あの世界は俺からすべてを奪っていった。親も仲間も、全部だ。守っても守っても、意味がないほど人が死んだ――」


「世界の再生は難しいと思うか」


「……ああ」


 求めていた回答が返ってきたのか、武部は少し笑みを見せながら、


「そう、あの世界はもう終わりだ。守ろうと願っても、行動しても、報われることがないどうしようもない世界だ。皆、諦めたくないと言いながら、貴様のように世界の再生は無理だと心の中では思っているのさ」


 頷くことはせず、レイジは続きを待つ。


「だからリウェルトは、あの世界を放棄することを決めた」


「放棄……? どういう意味だ」


 岩野もそんなことを言っていた気がした。


「そのままの意味だ。捨てるのさ」


 意味がわからず、レイジは武部に問う。


「……捨てて、どこへ……行くんだよ」


 ここまで言って、レイジは気づいてしまった。

 岩野の言った言葉が脳内で再生される。


 ――後に数千万……いや、数十億以上の命が助かるかもしれないのだ。


 ――これはこの世界の住人が犯した戦争という罪の報いだ! その罪を他の者たちに擦り付けて自分たちだけ平和に暮らそうなどと……甘いことを言うな!


「まさか、リウェルトは……」


「クク、気付いたか。その通りだ」


 ここまで悪い笑顔を今まで見たことがあっただろうか。高津が見せた心の闇を写し出したような黒い笑顔とはまた違う、全面的に表に出てくる邪悪な顔。吐き気を催しそうになる。冷や汗が止まらない。


「俺たちはこの世界を手に入れる」


 大きな風が吹いた。葉の揺れる音が辺りを賑わす。


「今から五年前、二〇四一年の話だ。とある場所に突然光が出現した」


「光……」


 武部は立ち上がると、レイジを中心に旋回するように歩き始めた。


「初めにそれを見つけたのがリウェルトだ。なんの光かはわからない。最初はエネルギーとして活用できると踏んでいた。だから考えた、それをどう隠すかをな。そしてすぐに答えは出た」


「美来学園……!」


 レイジの呟きに応じることなく、武部はそのまま続けた。


「元々計画があった美来学園。その建設場所にそこが選ばれた」


 美来学園ができて四年。


 なぜあんなところに異世界へ繋がる光があったのか、確かに不思議だった。学園ができてから光が発生したには、確かにあの扉など準備がよすぎるのだ。


「あの光は五年前に起きた、こちらの世界の大規模な戦闘の際に発生したものだと考えられている。強力な魔力がふんだんに使われたというからな。なにがあってもおかしくはない」


 それはおそらくハルトたちが最後に戦った時の話だろう。異世界へのルートを作り出してしまうほどに凄まじい戦闘だったのだろうか。


「当初美来学園は光の隠し場所であり、ただの兵士養成機関として機能させるつもりだった」


 そして、と武部は付け加え、


「とうとう光の調査が開始された。なんの成果も得られないまましばらく経ち、事故で五人の研究員が光の中に取り込まれた。事故死としてその研究員たちは扱われたが、数ヶ月後、その中の一人が姿を現したのさ」


 武部は両手を広げながら、


「そう、あの光はエネルギー源ではなく異世界に通じる光であること、さらに戻る手段を見つけてきた。これはすごい発見だ。すぐに偵察部隊を募り、戻ってきた研究員と共に異世界へ向かわせた。自然に溢れる理想郷――まさに我々のアルカディアだった」


「だから、この世界を?」


「環境破壊で散々汚染されたあちらの世界をやり直したとしても、どのみち人は破滅する。なら綺麗な世界をいただいたほうがいいだろう。文明も発達していないこの世界なら、対した労力もいらずに手に入る」


 レイジは歯を食いしばり、拳をギュッと握る。


「だが、戦闘面での一つの心配は魔法士の存在だ。だから兵だった俺はここに派遣され、Zスーツと魔法の相性を確かめるため、そしてこの世界の仕組みを知るために守護剣に入った。力がすべての守護剣だったからこそ、俺は僅か三年で将軍の地位を手に入れることができた。それ以上上に挑んではいないが、どうせ大したことはないだろう。リウェルトが集結すれば一瞬で終わる」


 武部は足を止め、ニヤつきながらレイジに訊ねた。


「一応念には念を入れて、美来学園のカリキュラムに『対魔法戦』の訓練も入れさせたんだが、わかったか?」


 確かに最近の訓練内で、雷や炎などの自然の力の驚異を体感する機会が多かったように思えた。それはおそらくリディアが言っていた、いわゆる『属性魔法』というものの再現だったんだろう。


「いつの間にか美来学園の生徒は、ここに攻め込むための兵士として訓練されてたってことか」


「ククク、理解が早くて助かるな。ちなみに向こうではもうそろそろ戦争が始まる。そこで生き残った優秀な兵がこちらへ来れる権利を与えられるのさ。そしてこちらでの戦いに参加してもらう」


「戦争が戦争のための訓練って……そういうことかよ!」


 武部は口角を上げ、レイジの方へ首だけ向けて言った。


「さてどうする? 俺についてくるか? 貴様が今一緒にいるという魔法士は、英雄の魔法士を名乗る中でも雑魚だ。当てにしても無駄だぞ」


「ああ?」


「奴らがいくら足掻こうとも俺たちに抗うことはできない。それは貴様が一番わかっているだろう。俺たちの戦力はこの世界を力を遥かに凌駕する」


「だからって、そんなの絶対にやっちゃいけないことだろうがッ!!」


 頭で考えるよりも先に、レイジの身体は動いていた。


 地面を強く蹴り、一直線に前方へ飛び出した。武部との距離は一瞬にして詰まる。

 武部へと拳を向けた刹那、レイジの脇腹に衝撃が走る。


「――ッ」


 おそらく蹴られたのだ。レイジは数回地をバウンドしたがすぐに態勢を立て直す。顔を上げると、武部と同じローブを纏った人物が三人立っていた。二人は短い黒髪の男、もう一人は栗色のショートボブの女だった。


「なんだ、お前ら」


 三人はレイジの問いに答えず、武部に顔を向けた。


「せっかく説明してやったのに、無駄だったようだ。残念だ紫藤、ここで貴様とはお別れだ」


 武部はため息をついたあと、顎で部下らしき三人に指示すると、頷きゆっくりとレイジに近づいていく。


「くそ……っ」


 相手は正規軍で、おそらく実力派だろう。その三人を同時に相手しなければならない。レイジは思わず後ずさりしてしまう。ローブで武器を持っているかは見えないが、どちらにせよ驚異なのは間違いない。


 いつの間にかレイジを囲むような陣形を形作られており、三人はそれぞれ構え始めた。


 一斉に来るのか、それとも一人ずつ来るのか、その場合どう動けばよいのか。レイジは頭の中でシミュレーションしたが、どうも相手方の動きに隙はなく、対応するのが難しそうだった。


 考えている内に、一人の男が拳を振りかぶった。


 ――やられる!


 と思ったその時、銀色に輝く二本の刃が、レイジの視界に映った。

 ガキイィィン。金属音が高々と辺りに鳴り響く。


 レイジのその目に映ったのは、殴りかかってきた男に刃を振り下ろす二人の男の姿だった。

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