第31話 ただの、人間なんだから
攻撃を直撃させたその二人は、すぐに後退して言った。
「くっそ! 刃こぼれしちまったじゃねーかっ! 俺の最高傑作がああ!」
「ぼ、僕もだ……」
レイジは剣を見て悔しがる二人を見て思わず叫んだ。
「おっさん! ハルト!」
「よう!」
「僕らを置いていくなんて、やはり君は最低だ。そ、それもリディアを連れて行くなんて!」
黙って出てきたレイジとリディアを追いかけ、危機を救ってくれたのはアルダスとハルトだった。思わずレイジの顔に笑みが生まれる。
思わぬ来客を見た武部は言った。
「ほう、その二人が英雄の魔法士か。お初にお目にかかる。俺は守護剣将軍、名は武部という」
「おめえ、アルカディアをどうするって?」
剣が傷つき荒々しい態度のアルダスに、怯むことなく武部は答えた。
「別にこの世界の全員を滅ぼすなどということはしないさ。ただ、服従するまでこちらの武力を見せつけるだけのこと」
「あまりふざけるなよ若造」
アルダスは、今までにレイジが見たことのない形相で武部を睨んでいる。
「ふん……まあ丁度いい。問題視されている貴様たちを探す手間も省けたことだ。ここで死んでもらおう」
武部はそう言って再び部下三人に指示を出す。
「レイジ、あいつらが着てるのは君と同じものなんだろう? どうやれば倒せるんだ?」
「Zスーツは電磁装甲で、磁石の反発の応用……あー、つまり……防御魔法ってのはあるか? それが体全体に覆ってあるようなイメージだ。たとえ顔だろうが、意識しなくても勝手に防御される……わかるか?」
「
そりゃめんどくせえ、とアルダスは腕を回しながら言う。
「並の攻撃じゃ弾き返されるだけだ。それに防御だけじゃない、パワーも格段に向上する。普通の人間相手だと思うとやられるぞ」
「あの時の君の姿を見ていたらわかるさ。気を付けようアルダス」
ハルトとアルダスは顔を見合って頷き、レイジを含んだ三人は背中合わせで敵を見やる。
いつ戦いが始まってもおかしくない緊迫した状況。額から汗が流れ出る。
数秒の間のあと、先に動いたのは敵側の一人の男だった。
「ふんっ!」
短い掛け声と同時に前方へ飛び出し、正面のハルトに右腕を突き出した。逆手で握られているのは短いナイフ。
ハルトは避け、剣の柄でナイフを叩き落とそうとしたが、腕がバネのように弾き返される。
「――っ!?」
当たったが当たっていない、奇妙な感覚。思い切り叩いたつもりがまったく効いていない様子だ。逆に自分の手首の方が痛む。
先ほどレイジを助けるために振った一撃も、音は鳴ったがそんな感じだった。レイジの言った通り、並の攻撃ではだめらしい。
「どうした英雄の魔法士」
挑発しているのか、男はあざ笑うような笑顔を見せた。
「ハッ、おもしれえ」
アルダスも仕掛ける。大剣を真横にスイングし牽制、バックステップで後退したもう一人の男を壁際に追い込み斬りかかる。攻撃が効かないことを前提にしているため、人間に対する攻撃とは思えないほどの力強い攻撃を次々と繰り出す。
壁は一瞬にして砕け、アルダスが剣を振るたびに大地が振動する。
それぞれが敵と攻防を繰り広げる中、レイジは残ったショートボブの女と、その後ろで腕を組んで立っている武部を睨んでいた。
「勝てる見込みのない戦の時どうするか、岩野ゲンゴウは教えてくれなかったのか?」
「うるせえ」
武部は鼻を鳴らし、女に言った。
「成瀬、徹底的にやれ」
「はっ」
成瀬と呼ばれた女は短く返事をしたあと、助走なしでレイジの方へ跳んだ。それも緩やかな弧を描いて。
「空中から攻めるとか馬鹿かよ」
体勢を変えることができない空中からの攻撃は、ただの的になるため訓練時タブーとされてきた。レイジは着地地点を絞り込み、そこを攻めることを考えた。だが、
「なッ!」
レイジは思わず声を上げた。自由落下ではない人工的なスピードで、成瀬がぐんぐんと自分に近づいてくるではないか。さらになにかに引っ張られているように上下左右と激しく揺れている。
成瀬はローブの懐から長さ三〇センチ程の銃をのぞかせると、レイジに向かって連続で発砲した。
レイジは回避を試みるが、一瞬の反応の遅れと油断が命取りとなった。細いレーザーの銃弾が一発肩を直撃したのだ。
「くそ!」
バシイッと肩を衝撃が襲う。肩の装甲の塗装が剥がれ、銀色の金属がむき出しになる。次同じ場所に当たれば、肩ごと吹き飛ばされるだろう。
レイジは衝撃で吹き飛び、尻餅をついたまま、今なにが起こったのかを思い返した。
――あの動きは、なんだ。
驚きの表情を隠しきれていないレイジを見て、離れて見ている武部が高々と笑い声を上げた。
「機能制限された、たかが学生用Zスーツで正規軍に戦いを挑んでくることでさえ愚かな行為だというのに、新型に挑んでくるとは、こちらも申し訳なくなってくるぞ紫藤」
「新型……だと?」
武部のこの発言で、もう隠す必要はないと思ったのか、成瀬は纏っていたローブを地面に落とした。
「な……!」
そのスーツを見て、忌々しいあの記憶が呼び起こされた。
こちらの世界に来る直前に岩野が戦った、高津が着ていたZスーツと形状が瓜二つだったのだ。
「出力が従来の一三〇%向上、空中での姿勢制御機能の追加。さらに細かな面での機能性が向上している」
「それは……最近造られたはずじゃ……! なんであんたらが持ってるんだよ」
「これを知っているのか。まあいい、確かに最近手に入れたばかりだ」
「あの光は一つで、岩野教官が管理してたはずだ。そんなもの持ち込ませるなんてあるわけないだろ!」
「ふん、やつはただの学園としての管理者だ。使用をとやかく言う権限などない」
武部の言うことはもっともなことだった。使用するか決めるのは本部の上層部、岩野ではない。もしかすると岩野はこのような行為から、軍の狙いに気づいたのかもしれない。
「これを見てもなお戦うか紫藤。知っているならこれがどんな武力にも勝る兵器だということが嫌でもわかるだろう。今後これを着た精鋭部隊がこの地へ募る。いくらこちら側の人間が数を揃えても、敵わないのさ」
「そんな……」
――これじゃあ……勝てるわけが、ない。
格闘素人の高津が着てあの性能を発揮していたスーツ。それを今、厳しい訓練を受けた四人の正規軍が身に纏っているのだ。
レイジが正気を失ったまま黙っていると、真後ろからコツコツと足音が聞こえてきた。
座り込んだままのレイジがそれに気づき、見上げるように振り向くと、
「おまえ、馬鹿なの?」
口をへの字にし、腰に手を当てレイジを睨んで立っていたのは、リディアだった。
「リ、リディア……? なんでここに?」
「情けない顔して、だらしがないわね。そんな顔してちゃ誰も守れないわよ?」
「お、お前はわかってねえんだよ、あいつらがどれほどの強さを持っているのか。俺はあれを着た奴に仲間を何人も殺されたんだ!」
「わたしたちは、そんな敵に勝ったんだけど?」
それは、英雄と呼ばれる所以となった戦い。
「数千人で挑んで勝てなかった相手に、たった一〇人で挑み、最後は勝利したの」
「それはお前らが強かったからだろ! 同じにすんな!」
「同じよ」
リディアはレイジの前に出て剣を抜いた。
「わたしたちは自分を強いなんて思ったことはない。戦うのが怖い、普通の人間よ」
「……」
「おまえと同じ、ただの、人間なんだから」
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