第29話 決断

 それからしばらくの間カラツァを探したものの、結局見つかることはなかった。


 リディアの悔しそうな唸り声が続いている。


 すでに時刻は一八時。レイジとリディアは疲労感を漂わせながら町を歩いていた。


「次の町へ移動したか、それとも本部へ向かっているのか……次の町と本部は方向が違うから、見極めが難しいところね」


 隣を歩くレイジから返事はなかった。しばらく足元を見ながら歩いている姿に、リディアは懸念を抱いていた。


「おまえ、やっぱりさっきからおかしいんじゃないの?」


「え、いや別に。疲れただけだって。だってそうだろ、昨日の夜中からあまり休んでないんだぞ」


 それはそうだけど、とリディアは口をへの字にさせる。やはりなにか違和感を感じてならなかった。この男が疲れを表面上に出すようには思えないからだ。


 このような状態でカラツァを探しに町の外へ出るのは危ないだろう。そう思ったリディアは、近くの安い宿を探し始めた。


「さすがにあの高級宿に泊まれる金額は持ち合わせてないから」


「わかってるよ。身体を横にできれば十分だ」


 五分ほど歩き、良心的な値段の小さな宿を確保することができた。


「おやまあ、お若いご夫婦で」


「「違う」」


 外観は築五〇年といった木造の宿で、経営主は八〇代くらいのお婆さんだった。


 全三部屋しかないらしく、すでに二部屋は埋まっているとのこと。本当なのかは定かではない。


「一部屋しか借りられない……ということ?」


「嫌なら別のところに行くぞ」


「そうしたら、夕ごはんが食べられない……」


「貧乏だったのな、お前」


「くっ……」


 財布を睨みつけながら、リディアはしぶしぶこの宿に決めた。


「早朝に出発するんだから、早く寝てよ。もう寝てもいいし!」


「なんでだよっ」


 床がミシミシと軋む音を聞きながら、二人は日本のふすまのようなドアを横にスライドさせ、部屋に入った。鍵もなくセキュリティ性ゼロだ。


「……」


 しばらく沈黙が流れる。

 六畳あるかどうかの狭い空間。中心に置かれているちゃぶ台のような小さなテーブルが、さらに狭さを際立たせている。


 ベランダがあるため圧迫感はないが、それにしても古く、狭い。


 細い廊下にあった風呂らしき場所は共同なのだろうか。そんなことを考えながらリディアは腰を下ろした。そしてため息をつく。


「俺は隅で寝るし、なんかバリケード作ってもいいからさ。今日は我慢しろよ」


「うう……」


「俺といるのが嫌なのはわかるけど、そこまで露骨だと傷つくぞ」


 リディアはハッとして、


「そ、そういうんじゃ、ない。ただ――」


 レイジは続く言葉を待つが、そのままリディアは俯いた。レイジは肩をすくめて腰を下ろす。


「まあ、明日まで我慢してくれ。明日まで、な」


 なにやら意味深な物言いに疑問を抱いたが、リディアはそのまま身体を横にして目を閉じた。



 その後外で安く食事を済ませ、レイジとリディアは再び宿に戻った。


 夏の憎たらしい暑さで掻いた汗を、やはり共同だった狭い風呂で流した頃、時刻はすでに二二時を回っていた。


「あの時計になにか恨みでもあるわけ?」


 壁に掛けられている時計を睨んでいるレイジにリディアは訊ねる。


「……明日さ、もし――いや、なんでもない」


「もし起きられなかったら殴るから心配しないで」


「そうかよ、じゃあ頼むわ」


 頼もしい拳を見せつけたリディアは、続いて用意されていた布団を部屋の端と端に敷き始めた。


「布団か、まるで日本だな」


「ああこれ? ベッドが主流だけど、古い家では珍しくないわ」


 世界が違っても、寝るための道具は変わらないことを知り安心した。


「じゃあ、電気消すわよ」


「ああ」


 リディアが照明のスイッチを切ると、部屋は一瞬にして暗闇になった。


 それから数時間、レイジは眠ることなく仰向けで待機していた。

 そして窓際にいるレイジは身体を起こしてカーテンを少し開け、半分に欠けた月を見た。


 ――明日〇三〇〇、噴水広場まで来い。


 この言葉だけが、ずっとレイジの脳内を支配していた。

 行くべきかどうか。それはもう答えは出ている。行くしかないのだ。


 なにかしらの情報を得ることが目的だが、聞くだけ聞いて、そのまま帰してくれるほど相手は甘くはないだろう。向こうが何人いるかは不明だし、なによりZスーツを着ていたのだ。もし戦闘になればただでは済まない。


 自分を殺すか、仲間に引き入れようとするか――どちらにせよ、きっとリディアたちとはもう会えないような気がした。


 レイジは唇を噛み締める。せっかく得た安らぎの場を、数日で失うことに恐怖を感じる。


「……くそ」


 思わずそう呟いた。リディアに反応はない。さすがにもう寝たのだろう。

 あれこれ考えているうちに、時計の針は二時半を指していた。


「窓、開けるぞ」


 小声でそう言ってレイジはベランダの窓を開けた。そして脱いでいたZスーツを抱えて外に飛び出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る