第27話 ここへ来た理由
レイジとリディアが家を出発しておよそ半日――午後一時。
ようやく町の姿が見えてくる位置までやってきた。
「あそこか!」
「そうよ」
昨晩までいた村とは規模が違う、遠くから見ても町の中を人が行き交っている姿を見て、レイジは思わず感動の声を上げた。
そして町の入口に足を踏み入れた。
「すげえ、人が……争ってない」
「ここは特に治安もいいし、色んなお店があるから旅行に来る人も多いのよ」
「へぇ~」
町の入口は商店街から始まり、居住区はその先にある。嬉しそうな表情を浮かべながら、レイジは子どものように商店街を物色し始めた。
「うっわすっげ! おいこれ見ろよ!」
「はしゃがないで、恥ずかしいから」
あちこち指をさしながら走り回る男を見て、リディアは一瞬殴ろうかと思ったが、レイジの元の世界の事情を思い出し、寸前で思いとどまった。
「向こうでは、こんなものすらなかったの……?」
レイジが嬉しそうに見ていたものを触り、リディアは小さく呟いた。それは駄菓子だった。
子どもですら買えるような、ごくわずかな金額のもの。レイジが戦争の焼け跡をどう生きてきたのか、話を聞いただけでは伝わりにくかった。どれだけひどい有様だったのだろうか。
「ねえ、食事にしましょう。好きなものを選んでいいわ。わたしが奢るから」
「ど、どうしたリディアさん? 俺に親切にしてくれるなんて……!」
急にそんなことを言われると寒気がする。
「は、早くしてよ。気が変わる前に」
「お、おう」
レイジが昼食の場に選んだのは、オープンカフェ形式になっているファストフードだった。
どれを選んでいいかよくわからなそうなレイジに、リディアは簡単に説明して決めてもらう。作りおきなのか、頼んだ品はすぐに出てきた。
そして適当なテーブル席に二人は腰掛けた。
「いいの? こんな質素なもので」
「質素って、お前こんなごちそう俺は初めてなんだぞ。こういう肉なんて食ったことねえよ」
一センチ程の厚さにカットされた肉、あとは野菜とたまごをパンで挟んでいる――いわゆるハンバーガーを、レイジは涎を垂らしながら見つめた。
「よし」
というリディアの合図でレイジはハンバーガーをほおばった。
「うめえええ! 店員さんグッジョブ!」
とびきりの笑顔で、会計をしてくれたお姉さんに向かってレイジは親指を立てた。別にあの人が作ったわけではない、とリディアは言おうとしたが、そんな思いもこの笑顔の前では言葉にできなかった。
一緒に注文したポテトや飲み物を一気に食べ、レイジは満足そうに腹を叩いた。
「いやあ、最高だな! ありがとな、リディア」
「そう、よかったわね」
表情を緩め、リディアは温かく答えた。
「それにしても、おまえはいつも元気ね」
「元気? これが普通だけど」
「そう? それなら別にいいんだけど」
素っ気ない返事にレイジは首を傾げた。
「いや、なんだか少し無理やりというか、空回り気味な様子だったから、ちょっと」
レイジはその言葉に少し考えた様子を見せ、
「やっぱ、そう思うかな」
「ん?」
「……俺、ここに来てまだ一週間も経ってないけど、もうこんな元気になってる」
頷くリディア。
「仲間がみんな死んで、最初は焦りとか怒りとか、いろんなものがあったはずなのに、今はもう、それが薄れてきちまった。嫌な奴だよな、ほんと」
拳を握り、レイジは続ける。
「俺さ、ここにいて楽しいって思っちまってるんだよ。お前らと一緒にいて、楽しいって。ここに来た理由を探すとか、やるべきことはたくさんあるはずなのに、それよりも、笑うことを優先してんだ」
震える声を隠すように、徐々に声量が増す。
「ここにいれば、あんな人が人を殺し合う光景を見ずに済む、自分も人を殺さずに済むんだよ。あの世界を平和にすることを目標にしてたのに、こんな場所に来ちまったら、俺は……」
リディアは周りを見渡した。賑わう商店街を人々が行き来する光景。それは自分にとって日常だ。五年前に旅に出ていた時は荒れていた世界ではあったが、レイジの言う世界とはまた異なる。レイジの世界は憎み合い殺す世界、この世界は力を誇示するが殺さない世界だった。
考えてみればまったく違う世界。血なまぐさい世界を見てきたのは、自分ではなくレイジなのだ。
「わりい、空気悪くした」
「いえ……」
そう言って少しの間が空く。
「そういやさ」
とレイジ。
「カラツァはどこ行ったんだろうな。軍の奴らが来てるとなると、多少は騒がしくなってそうだけどな」
「目撃情報はあったわ」
「い、いつの間に聞いてたんだよ」
「おまえがはしゃいでいる間にね。あの乗り物が町の東側の森にあるのを見たという話と、一時間ほど前に宿に入っていく細長い軍人を見たという話なんだけど」
「宿?」
リディアはレイジの後方を指さしながら、
「もう少し行ったところに立派な建物が一つあるの。おそらくそこにいる。仮にもう出ていても、近くにはいることはわかったわ」
「だからこんなに落ち着いてるんだな」
「そういうこと。わたしが食べたらすぐに動くから」
まだ二、三口しか食べていないリディアは、小さな口で可愛らしく食事を再開した。
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