第26話 不穏な空気

 ――【エイレーン】南東、『カルポス』。


 巨大な戦車から部下に支えながら降りてきた男は、ゆっくりと深呼吸した。


「ぬはア~」


 両手を前に伸ばしてストレッチ。その後手首をぶらぶらとさせる。


「さてと、抜き打ち検査、行っちゃおうかナ」


 現在早朝六時。丸一日狭い空間の中で過ごしていたカラツァは、久しぶりの大きな町で気持ちが踊っていた。


 昨日訪れた小さな村で大きな収穫があったものの、先日は英雄の魔法士の勧誘に失敗、更に攻撃を仕掛けて逆に部下に怪我を負わせてしまうという失態が続いたため、一万人近く住むこの大きな町は、もう少し手柄を手に入れる絶好の機会なのだ。


 魔法士適正を持つ者は無理やり探せば見つかる、そういうものなのだ。


「さあお前たち、れっつゴオオオ!」


「カ、カラツァ部隊長っ」


「どうしたんダ?」


 力強く前方を指差したところ、通信担当の兵が慌てながら車両から降り、カラツァに近寄り耳打ちする。


「んナ!? 将軍が来ているだっテ~!」


「はい。今ほど通信が入りました。町の西側から見られていたようです。活動報告を求められていますがどうしますか?」


「むむむ……マズイなこりハ」


 カラツァの額からは大量の冷や汗が吹き出していた。同程度の階級ならともかく、よりにもよって将軍がこの町に滞在していたとは聞いていなかった。英雄の魔法士と勝手に戦闘をしたことがバレたら大変だ。実はあれはすべて独断だったのだ。


「ざ、残念ながらここでの活動はお預けだネ……何時頃伺えばいいか聞いておきたまエ」




 ――正午を少し回った時間。


 カラツァは活動報告を行うため、部下を二名引き連れて将軍階級を持つ者のところへ向かった。


 待ち合わせはこの町で一番大きな宿舎。五階四〇部屋ある、上流階級の人物の宿泊にも申し分ない綺麗な建物だった。


 その一階ロビー。隅のほうに、三名の部下を自分の前方に配置させ、三人がけのソファーに一人でふんぞり返って腰かけている人物がいた。髪は短い黒。隆々とした筋肉で覆われた肉体を、茶色のローブで纏い隠している。歳は二〇代後半といったところで、カラツァの知るあのお方だった。


 それに気づいたカラツァはごますりのように手を揉みながら近づいていく。


「ご、ご無沙汰しております将軍殿~」


「相変わらず細なげえな」


「まだ伸びてるんですヨ~。それにしてもどうしてこんな町にいらっしゃったんでス?」


「休暇みたいなもんだ。ここは俺がデザインした宿だからな」


「ほヘ~」


 将軍と呼ばれる男は、カラツァに向かいのソファーに座るよう促すと、すぐに本題に入った。


「カラツァ部隊長。貴様に一つ尋ねたいことがある」


「は、はイ?」


「英雄の魔法士のことだ。貴様が担当しているのだろう? それで、今どれくらい見つかっている」


 英雄の魔法士という単語を聞いて身体がハネたが、どうやら今の動揺は不審に思われなかったらしい。カラツァは正直に答える。


「ハルト、妹のリディア、そして鍛冶屋のアルダス……現在見つかっているのは以上の三名でありまス」


「中でも雑魚か……」


「一体どうされたのですカ?」


 将軍は顎に手を当てなにやら考えているようだ。そして数秒の間の後答えた。


「近々大規模な戦争が起こる。その時に連中がいると邪魔だ。すぐに排除したい」


「せ、せん――っ」


 高い声で叫びそうになったカラツァの口を、将軍の部下の女性が押さえつけた。すぐにタップし開放してもらう。


「ど、どういうことでス?」


 と、今度は小さく声を出す。


「貴様は特に知る必要はない。大規模といっても、気付けば終わっているレベルだ」


 意味がわからないと大げさに首を傾げるカラツァ。


「だが、言った通り奴らがいることによって進行が妨げられる可能性が出てくる。だから貴様が今持っている情報だけでいい、よこせ」


「はあ」


 自分の持っている情報などたかが知れているが、将軍命令なら仕方ない。

 現在ハルトたち一行は魔法を使わないと決めていること。そして現在の予想位置などを伝えた。この情報がどう評価されるかは少し怖い。


「――ほう、魔法を使わないのか」


「はい。ですから今の奴らは驚異ではないのでス」


 そこまで言ってカラツァはハッとした。


「どうした?」


「い、いえ……そういえば奴らに仲間が増えていたのでス。一人の少年が……」


 少し震えるカラツァの様子に将軍はすぐに反応した。


「そいつは何者だ」


「ま、魔法がきかないのでス。魔法陣を展開させた気配もなく、何事もなかったかのようなあの素振り……それにあの異常なまでのパワーは、我々の部隊を簡単に退けましタ」


「戦ったのか」


「い、いえ、まあ、成り行きで、ハイ。そういえばあまり見かけない、奇妙な格好をしていましたネ」


「奇妙?」


「その……将軍たちがお召になっている、その白い鎧のような形でしタ。色は黒かったと思いますけドモ……あっ、別に将軍の鎧が奇妙とかそういうわけでは断じてナクッ!」


 将軍、そして部下三名のローブの下には、皆同じデザインの鎧のようなものが見えた。カラツァは隙間から見えるその鎧を興味津々といった様子で見る。


 すると将軍は、最初は小さく、そしてすぐにロビー全体に響き渡る声で笑い出した。


「面白い! どうなってるんだ一体! ふははははっ」


「???」


 どう反応していいかわからず、カラツァはとりあえず合わせて笑っておいた。


「どうやって一人で〝こちら側〟に来たかはわからんが、まあいい」


 将軍は立ち上がり、ローブを翻して言った。


「前哨戦といこうか」

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