第19話 月が二つ
ここが異世界であることの証拠がもう一つ増えたところで、レイジの顔が引きつった。
「なんで月が二つあるんだよっっ!!」
完全に日が沈み、火の近く以外では行動できなくなってきた時刻。
太陽と同じく、自分の知っている倍のサイズはある月が美しく銀色に輝いていた。そして少し間隔をおいて、控えめなサイズの月が並んでいた。まるで親子のように並ぶ月は幻想的ではあるが、まったく感動できなかった。
「こええよ」
そう言ってレイジが気味悪がっていると、
「月が怖いとか、人間やめればいいのに」
リディアが目を合わせずにぼそっと呟いた。
「ひどいこと言うのな! だって怖いだろ、でかいだけじゃなくて二つもあるんだぞ、二つも!」
「ふん」
「落ち着いてくれ」
ハルトはリディアとレイジに、それぞれ完成したスープを手渡した。燃えた車から探し出した鉄製の食器はだいぶ焦げていたが、これ以外に料理を入れるものがないので仕方なく受け取ると、各々焚き火から近い位置に腰掛け、食事を始めた。
「どうしてこいつがこんな近くにいるのハルト。わたしは納得がいかない。どっかに縛り付けて犬みたいに食事させればいいじゃない。そして泣かせればいいじゃない」
「いつの間にこんな超ド級のサディストになってしまったんだリディア……。まあいい、さっき話しただろう、別に彼には敵意はないって」
「だからって……そんなの本当かわからないじゃない」
野草が煮込まれたスープをすすりながら文句を言うリディア。食事しながらも眉間にシワを寄せているリディアを見て、レイジは苦笑いするしかなかった。
レイジは手錠に苦戦しながら食事を始めると、
「うーし、肉も焼けたぞ! おめえも食え」
「ああ、どうも」
まるで主婦。ガタイのよい中年男アルダスは、厳つい顔に似合わずとても家庭的だった。スープの味付けや、今焼きあがった鳥肉の調理を見るだけで尊敬に値する男だとわかる。
アルダスは肉をかじりながらレイジのすぐそばの地面に腰掛け、話し始めた。
「で、おめえ違う世界から来たって?」
「俺の世界は月が一つだからな」
「はー。まあ着てるもんが不思議だから、この辺の人間じゃねーとは思ってたけどよ。あの戦い見たあとじゃ信じるしかないわな」
「信じてくれるのか?」
アルダスはスープを一口すすって、
「誰かが信じてやらにゃいかんなら、俺が信じてやるよ」
「お、おっさん……」
レイジは思わず涙ぐんだ。最初はここまで優しい人間だと思っていなかったことを、心の中で深く反省した。
「まだ信じられねえってのが正直なところだけどな。でもまあ、異世界人と仲良くなるのも楽しそうだし? がははっ」
それからしばらく食事を楽しみ、満腹感が得られたところでハルトが話を切り出した。
「それで、さっきも言ったんだが、この男――レイジをどうするかを話し合いたい」
「俺ぁ別に構わねーぞ。いいんじゃねーか連れて行っても」
「アルダス!」
リディアが勢いよく立ち上がる。
「わたしは、わたしの認めた人じゃなきゃいやだ。まだ敵じゃないって決まったわけじゃないのに……!」
「まあ座れやリディア。おめえの気持ちはよーくわかる。今までいろんなことがあったからな。心配すんのも無理はねえ……。けどよ、俺たちはそうやっていろんな奴と出会って旅をして、最終的に本当の仲間に出会うことができた。そうだろ?」
リディアに反応はなかった。アルダスは続ける。
「イヤな思い出は俺にだってある。だからってこれから出会う奴らを拒否し続けてどうする。仲良く出来そうな奴に出会ってもそんなんじゃ、これからの人生楽しかねーぞ?」
「別にこいつとは仲良くする必要ない」
熱弁を一蹴されたアルダスは項垂れながら、ハルトに目をやった。
「ぼ、僕にどうしろと?」
あたふたするハルトを見てから、レイジはゆっくりと口を開いた。
「なあリディア、俺はお前にどうすれば安心してもらえる?」
「呼び捨てはやめてよ」
レイジはハルトと同じ反応に苦笑いしながら、
「俺はお前と仲良くしていきたい。だから呼び捨てにさせてもらう。それでリディア、どうなんだ?」
リディアはレイジを睨みつけ、答えようとしなかった。
「はあ、仕方ねえな」
そう言ってレイジはスープの器を下ろし、少し手首に力を加えると、はめてあった手錠を軽々破壊した。
「な……!」
リディアは目を見開きながら立ち上がり、剣の柄に手を添えた。ハルトとアルダスはそのままの姿勢でレイジの行動をじっと見つめている。
「俺はなにもしない。ちょっとそのまま待ってろ」
レイジはスーツの腰の左右にある出っ張りを指で掴み、ねじりながら横に引っ張った。
するとプシュッという音を立て、上半身の金属の鎧が前後に開く。
同様に腕、脚も取り外しの手順に沿ってスーツを脱いでいった。
金属の鎧がすべて地面に落ち、あとは身体にフィットしたボディスーツのみの状態になる。
更にボディスーツも上半身だけ脱ぎ、肌を露出させた。
「なななっ、おまえ、なに脱いでっ……」
「俺は普通の人間だ。この状態の俺じゃ、あんたらには勝てないから安心してくれ。ご要望とあらば全部脱ぐぞ」
両手を広げ、丸腰であるという意味を伝えると共に、異世界から来たとしても普通の人間となにも変わらないということを三人に伝えようとした。
「この転がってる黒い金属が俺のパワーの源だ。これを着ていれば大抵の攻撃に耐えることができる。さすがにダメージが蓄積されると壊れるけどな」
「ほう、やっぱその着てたのが力の秘密か」
「そうだ。俺の世界の技術の結晶――Zスーツだ」
「触っても?」
「ああ」
ハルトとアルダスはスーツに興味津々で各パーツを手にとって観察しているのに対し、リディアは頬を赤らめそっぽを向いていた。
「どうしたリディア、せっかく脱いだんだし、触ってもいいんだぞ」
「さ、触――! 馬鹿あああああああああッ」
レイジは脱いだスーツに触ってもいいと言ったつもりだったのだが、リディアはどう意味を履き違えたのか、涙目になりながらレイジの左頬を思いっきりグーで殴った。
「ぼへら!」
レイジは一〇メートル程吹き飛び、身体を痙攣させたあと、そのまま沈黙した。
「おーい。って……泡吹いてんぞ」
「リディア……なにをやっているんだお前は……」
バロックと呼ばれていた巨大な兵士にあれだけ殴られても傷一つ負わない身体が、自分の力で軽々吹き飛んでしまった。レイジを完全に信じていなかったため、スーツを脱ごうがどれだけ力を込めて殴っても平気だと思ったのだ。
紅潮した顔に、更に赤を上塗りしたリディアは、そのまま反省したように静まった。
「も、もう寝る! 二人共、この男をちゃんと見張っててよ!」
そう言ってリディアは早々と寝支度に入った。
「まったく、リディアのやつ」
「いいじゃねーか、リディアのあんな顔久々に見たぞ俺ぁ」
アルダスは優しく微笑み、
「こいつとの出会いで、俺たちはなにか変われるかもしれねーなぁ」
「……どうだろうね」
色々な出来事に巻き込まれ疲れたのか、レイジは気持ちよさそうに眠っていた。
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