第18話 信用
空が綺麗な茜色に染まり、鷲に似た大きな鳥が空を飛んでいた。その鳴き声は、間もなく夜がやってくることを仲間に警告しているような、力強いものだった。
守護剣が撤退してから四時間経ち、レイジはあの場から離れなかったハルトたち三人に警戒されながらも場所を共にしていた。
「おーいハルト、薪になるもん持ってきてくれ。あとリディアはこっち手伝ってくれ」
「ああ、わかった」
「了解」
車が使い物にならなくなってしまったため、今夜は戦いがあった場所から少し歩いたところにある岩場で夜を越すことになった。どうやらこの近くには人が住んでいないらしい。
そこでアルダスとリディアは今夜の食材の調達に。そしてハルトは火を起こすための薪を準備することになった。
「君も手伝ってくれ、こんなところで寝ることになったんだからな」
「それは荷台に突っ立てた俺が悪いってことか?」
「もちろんそういうことだ」
「不可抗力って言葉を知らないのかよ……」
あんな戦場にポツンと大きな的があれば嫌でも流れ弾が当たるだろう。それでもトラックが壊れたのは自分のせいだということにされ納得いかなかったが、レイジがこの世界の詳細を知るには彼らが必要なため、とりあえず言うことを聞いておくことにする。
一方ハルトたちもレイジの存在には関心があった。レイジが自分たちの隠れ家にいた理由がまだ判明していないし、魔法とも違うあの不思議な力には恐怖もあるが、解明したいという欲望に駆り立てられたからだ。
「じゃあ、これをつけるからな」
「……な、なぜに?」
「君が守護剣ではないことはわかったが、僕たちの仲間でもない。当然だろう」
そう言ってレイジに取り付けたのは手錠だった。
「なんで色んなもんが燃えた中でこれだけまだあるんだよ」
「うるさい、僕から一〇メートルは離れて歩くんだぞ」
ため息をついてレイジは頷いた。そして二人は木のある林へ入っていく。今の季節は夏だと思われるが、林に入った途端肌寒くなった。
ここは木の実やキノコが豊富なため、飢えて死ぬことはないだろうと思ったが、野営訓練でも見たことがない気味の悪い形の植物を見つけると、一気にここら一帯の食べ物に手をつけ辛くなった。
ハルトは無言で丁度いい太さの枝を選別し始める。
レイジもなんとなくそれに合わせてしばらく無言でいたが、やはりこの世界の情報が早く欲しくなり口を開いた。
「どうやら俺は違う世界から跳ばされてきたらしい」
ハルトは反応しなかった。レイジは構わず続ける。
「西暦二〇四六年七月二四日。……それが俺がいた日付だ。西暦って言葉にに聞き覚えは?」
問い掛けてもハルトは答えなかった。距離的に聞こえているとは思うが、レイジの言うことを素直に聞くことがまだできないのだろう。ハルトはそのまま林の中を歩き続けた。
「まあ俺も混乱しててさ。平静を装ってはいるけど内心結構ビビってる。目が覚めたら剣向けられてて、どっか連れて行かれると思ったら戦いが始まるわで、状況がまるで掴めていない」
レイジはハルトの歩く先を追いながら独り言のように呟き続けた。細い枝や木の破片のようなものを物色しながら語りかける。
「なあハルト」
「……呼び捨てか」
こういう生真面目な人物を無理やり反応させるにはこういうアプローチが利く。学園で同じようなタイプ――織縫ケイに初対面で呼び捨てにしたところ、こんな反応が返ってきたことを思い出したのだ。
「歳も同じくらいだろ? いいじゃないか」
「そうか? 僕は二一だ」
「と、年上かよ!? ハタチ超えてるとは思わなかった」
一六の自分とプラスマイナス一くらいの少年かと思っていたが、まさか五つも年上だったとは想定外だった。思わずレイジは頭を下げた。
「生意気だった、申し訳ない。ではハルトさん」
「気持ち悪い、別に好きに呼んでくれていいよ」
「んじゃハルト、一つ聞きたい」
「切り替えの早さっ!」
だが急に真剣な面持ちで問いかけるレイジを見て、ハルトはようやく聞く姿勢に入った。
「あれは魔法……なのか」
「ほかになにに見えるんだ?」
「……はぁ。なるほどな、流石に俺もあれを見て幻覚だとは思わないが、一応確認したかったんでね。了解了解」
「君は魔法を見たことがないのか?」
「さっきから言ってるだろう? 俺は違う世界から跳ばされてきたみたいだって。そこはに魔法なんかない。それは空想の世界の力だ。まあその空想もたいしたもんだ、その通りすぎる」
首を傾げながらハルトは聞いていたが、異世界から跳ばされてきたという言葉に否定的な反応はしてこなかった。
「今夜寝て、まだこの世界にいたら完全に信じるしかなくなる。そうしたら、俺は正直一人ではやっていけない。だからさ、あんたたちにしばらくついていきたいんだ」
元の世界で知らない森に投げ出されたのなら、それはそれで対処しようがあるのだが、今回はいくらサバイバル訓練を受けていようと脱出できない
「信じられないのはわかる。だけど俺はここに跳ばされた理由を探さなくちゃいけねえんだ。この世界の知識がある程度つくまででいい。頼む。望めばあんたたちも気になってるだろう、俺のこの力の秘密だって教えてやる」
レイジは着ているスーツに手を当てると、断られるのを覚悟して頭を下げた。ハルトはため息をつくと、なにかを思い出しながら微笑んで答えた。
「僕はさ、いや、僕らは……今までいろいろなイレギュラーな出来事と遭遇してきたから、意外とそういう話って信じやすいんだ。自称異世界人とは初めて会うけど、まあさっきあんなもの見せられたからね。アルダスとリディアも警戒はしてるけど、最初みたいに敵対はしていないはずだよ」
「いろいろな出来事……。あんたたちって確かあの細長い奴に〝英雄の魔法士〟って言われてたよな。あれは――」
「……それは君が本当に信用できることがわかった時に話す。今はだめだ」
下唇をキュッと噛みながらそう言い、ハルトは今まで集めた小枝を、手錠が掛けられているレイジに渡した。こぼれそうになるなる小枝をうまく腕で挟む。
「とりあえず戻って、二人にも君の件を相談してみよう。僕には決定権がなくてね」
「そうかい。よろしく頼む」
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