第17話 Zスーツの性能

 ここで兵士の一人が、先程までの魔法陣の倍くらいある大きな円をつくり出した。紋様まで変わったのかまでは不明だが、色が紅から黄に変わったのはわかる。あの円の大きさから、先ほどの魔法よりも強力なものが来るのは容易に想像できた。


「雷属性……! 来るぞ!」


 ハルトは痛みに耐えながら、魔法陣の形を見て叫ぶ。直後、空が一瞬眩い光に包まれた。


 雷撃。近くに落ちる雷の音はまさに爆発音だった。


 レイジは衝撃で身体がトラックの荷台から投げ出され、地面を数メートル転がった。鼓膜が破れそうになるほど耳がジンジンと痛む。


 一〇秒ほどで土埃が消えると、先程まで乗っていたトラックが、元が白だったのがわからないほど黒く焦げ、中央から真っ二つに折れていた。


「雷……? 当たったのか」


 丁度トラックが二つに割れている場所――そこは先程レイジが立っていた場所だった。


 身体に痛みなどの異常はまったくない。だが自分の身体を覆っているスーツを見ると、金属と金属の間に隙間が生じ、そこが青白く発光。そしてそこが排熱用の穴として勢いよく空気が吐き出されていた。


 攻撃を放った兵士を見ると、愕然とした表情でこちらを見ている。


 直撃したはずなのにどうして無事なんだ――そんな驚きが顔全体から伝わってきた。

 周りの兵士も今のを見ていたのか、全員同じような顔をしており、いつの間にか攻撃の手が止んでいた。


 レイジはなにをそんなに驚いているんだと少し困惑した表情をしながら、スーツに付いた砂埃を手で払った。


「な、なんでまだそこに残っていたんだ……! 関係ないなら逃げろと言っただろう! ……って、今直撃したよな」


「ハルト、おめえちゃんと見てなかったのか?」


「見たけど、防御魔法でも使ったんじゃ」


「いや、魔法陣が展開されてねえ。それに今の雷撃が中級魔法なのはわかっただろう。仮にあいつが防御しても、並の奴なら障壁破られて死ぬのがオチだ。そもそも――」


 アルダスは汗を垂らしながらレイジを見つめた。


「あいつは自分のところに雷が来たことすら気づいてねえ」


 確かに気付かなかった。


 初めて当たる雷にはさすがに驚いたが、レイジの生活する時代の最新の科学兵器に対抗するには、雷程度の電圧で死んでいては話にならない。それに打ち勝つために開発されたこのスーツを身に纏っているのだから、無事で当然だった。


 最近では恐怖心をなくす訓練なのか、密室で人工的な雷撃や炎に耐えるということをやっていたため、身構えずにくらった雷では少し心臓が跳ねた程度だった。


 実際人間がこのスーツを装着して自然の雷に当たった例は聞いたことがなかったが、こうして体感してみると、大したことはなかったというのが率直な感想だ。


「耐久力はだいぶ減ったみたいだな」


 視界に映し出されるスーツの耐久力メーターが、高津たちとの戦いで消耗した分と合わせてすでに七割近く減っていた。


「でも、驚異じゃない」


 あの兵士の魔法が大したことないのか、このスーツがすごいのかは数値にして出さなければ計れないが、兵士たちの表情から察するに、今のはかなり強力な魔法だったのだろう。これで彼らが使う魔法が自分の驚異ではないことが理解できた。


「あいつは守護剣じゃないみたいだなハルト」


「そうみたいだ」


「……」


 リディアはなぜかムスっとした表情をしているが、先程までのレイジへの敵意ある目ではなくなったのは確かだ。


「て、手を休めるんじゃないヨ! 攻撃が少しずれたんだ、そうに違いなイ! バロック、その男はお前に任せル! 行ケ~!」


「はっ!」


 バロックと呼ばれた兵士は力強く返事をすると、レイジに向かって金属の棒を構えた。魔法陣を展開させると、火の玉を連続して放つ。


 時速約一〇〇キロで向かってくる火の玉は、レイジにとって小さな子どものキャッチボール程度の速度にしか感じなかった。RPGやレーザーの雨を掻い潜って目的地に向かうという、岩野が考えた馬鹿のような訓練を経験したこともあるため、こんな火の玉程度簡単なステップで回避できる。


「ぬう!」


「なにをやってるんだヨ、バロック! 当たらないならパワーでねじ伏せてしまエ~!」


 そう言われてバロックは杖を投げ捨て、レイジに全速力で突進していく。

 大きな男のうち、一番大きいのはこの男だった。近くに来てようやくどれほど自分とサイズが違うのかを知り、レイジは困惑した。


 自分の倍はあるかもしれない。おそらく身長三メートル強。更に隆々とした筋肉の鎧が恐怖心を煽る。しかし、


「来いよ、でかいの」


 レイジはそう言って薄笑いをバロックに向ける。煽られることに耐性がないのか、バロックは顔を真っ赤にしながら走り、右腕を振り上げた。


 斜め上から本気で繰り出される拳に対し、レイジはゆっくりと右手をその方向へ突き出した。


 バロックの拳とレイジの手のひらが衝突した瞬間、衝撃波が周りに広がった。

 地面は衝撃を中心に大きくひび割れ、小隕石が落ちたようなクレーターが生まれる。


「な……」


 ハルトは今起こった光景を見て、空いた口が塞がらなかった。


 ハルトだけではない。この場にいた全員が、口を空けて呆然と突っ立っていた。


 クレーターの中心で、レイジがバロックの右腕を軽々受け止めていたからだ。


 バロックの右腕は血管が浮かび上がりブルブルと震えていた。押し込もうとしてもピクリとも動かせないのだ。それに対しレイジの表情は変わらない。


「なるほど」


 レイジはバロックの拳を受け止めた右手の感触を確かめるように頷いた。


「こんなもんか」


 そう言われバロックはレイジに恐怖したのか、一旦後ろへ跳び、両腕に小さな魔法陣を展開させると、格闘のフォームになっていない乱雑な拳をレイジに向ける。


「ぬおおおおおおおおおおッ」


 吠えながら何度も攻撃を繰り出すが、磁石のS極とS極が反発しあうように、攻撃が届く直前に押し戻されるような感覚が続く。


「わたしたちが見たことのない……魔法?」


「んな馬鹿な。やっぱり魔法陣も何も出てねえぞ!」


 リディアやアルダスも困惑している。それもそのはず、先の雷撃を防いだ時もそうだが、魔法であるならば必ず魔法陣の展開が必要となり、強力な魔法であればあるほどそれは大きくなる。防御魔法を今までいくつも見てきた彼らにとって、レイジのそれは上級魔法に匹敵する防御力だった。


 一〇回程バロックの攻撃をただ受けていたレイジが、ようやくここで口を開いた。


「あんたちょっと大きいから強めでいく。悪いな」


「?」


 言った瞬間、レイジの右腕が前に突き出され、バロックの腹に拳がめり込んだ。


「ぐオぉ?」


 鎧が砕け、バロックの巨体はバネで押し出されたかのように、勢いよく後ろへ吹き飛ばされた。


 飛ばされた先は守護剣が乗ってきた巨大な戦車。それもカラツァの立っている位置だった。


 カラツァは自分に迫るバロックを見て短く悲鳴を上げると、躱せず直撃した。


「ゴヘぇ!!」


 腹に巨体が直撃し、カラツァの細い身体がくの字に折れ曲がる。そのまま戦車の装甲に頭を打ち付けて、二人は気絶した。


 レイジは軽く右腕を回し、クレーターの底からゆっくりと上がっていくと、その場にいたすべての兵士が後ずさりし始めた。


「な、何者なんだ貴様っ」


 兵士の一人が声を震わせてレイジに問う。


「俺か? 俺はただの学生だ。この場の誰の味方でも敵でもない。でもな」


 一拍置き、低めの力強い声で続けた。


「争いは大嫌いだ! もしもこれ以上戦いを続けるなら、お前ら全員俺が倒す!」


 そう言って周りを睨むと、レイジの気迫に圧倒された兵士たちはこの場から撤退し始めた。

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