第12話 世界への復讐

 太い光線が途切れた瞬間、ライアは顔を小刻みに横に震えさせて叫んだ。


「――いやぁあああああああああああっ!」


「ケエエエエェェエイ!!」


「……なるほど、二秒ほど持ちましたね。学生用スーツと言えど十分な耐久力です」


「――ッぁあああああああああああああああああああぁあぁあああ!」


 レイジは怒りに震え乱暴に立ち上がり、高津の元へ一直線に飛び込んだ。


 しかし直後、顔に衝撃が襲う。岩野が扉の方向へレイジを殴り飛ばしたのだ。


「なにすん――!」


 いきなりのパンチに文句を言おうとしたが、レイジは目を見開いた。岩野が攻撃を受けた足から大量に血を吹き出しながら、先程まで手に負えなかった高津を羽交い締めにし、扉の横の機械まで移動し始めたのだ。


「う……おおぉ!」


「馬鹿な……! どこからこんな力が出てくるのです!」


 痛みで顔を歪めながらも、岩野はゆっくりと、でも確実に高津を近づけている。高津は必死に抗おうとしているが、なぜかパワー負けし、振りほどくことができない。


「リウェルトの企みはここで……阻止する!」


「たかが一人や二人向こうに行っても、なにも変わらないのがわかりませんかァ! 我々はただ、より良い世界を手に入れるために行動している! 貴様たちがこれを阻止するというのなら、この世界の住民はどうするのです!」


「これはこの世界の住人が犯した戦争という罪の報いだ! その罪を他の者たちに擦り付けて自分たちだけ平和に暮らそうなどと……甘いことを言うな!」


「私にこんなことをして! 生き延びられるとでも!? 上に控えている護衛たちが貴様たちを逃がしはしないぞ!」


 唾を飛ばしながら吠える高津を無視し、岩野はついに認証機の前までたどり着く。ガンッと機械の前に高津を叩きつけると、認証をスタートさせる。


「紫藤! 琴宮! これから扉を開ける。開いたらそのまま前へ走れ! そして奥にある光に飛び込むんだ!」


「光?」


 言っている意味はわからなかったが、行けばそれがなにか判明するだろう。そう思いレイジは頷いた。


「ライア、走れそうか?」


「う、うん」


 網膜認証をさせまいと、高津は固くまぶたを閉じる。それを無理やりこじ開けようとする岩野。


 眼球を上下左右に動かすが、ついに力尽き、認証機の発する赤い光が高津の網膜を捉えた。


《UNLOCK》


 ピピ! と音が鳴り、画面にロックが解除されたことが表示がされる。


《OPEN》


 重い金属の扉が、ゴゴゴと音を立ててゆっくりと開き始める。


「くそおおおッ」


 叫び、高津は最後のあがきに出た。足元に向いた銃の出力を片手操作で上げ、一気に放出させた。辺りの床を一気に溶かす高熱のレーザー。岩野は自分の身体に向けられようとしている銃口付近を両手で掴み、二度と発射できないよう銃口を押しつぶそうとしていた。


「ぬ……おおお!」


「早く行け紫藤! 入ったら扉を閉める!」


「あ、あんたはどうすんだよ!」


 岩野は表情を変えずに、いや、少し微笑んでいたのかもしれないが、相変わらずの低い声で言った。


「また会おう」


「勝手すぎんだろ! 人を巻き込んでおいて、あとは投げっぱなしかよ! 卑怯すぎだろあんたは!」


「行って――という男を倒せ。そうすればきっと――」


「なんだって!?」


 レーザー照射の音でところどころが聞き取れない。ジジジという地面を溶かす音が辺りを響かせる。


「すまん、色々と迷惑をかけた。あとは頼んだぞ」


 レーザーの光が、高津が必死に抱えている『RZ―51』の内部から扇状に漏れ出した。


「や、やめ――」


 高津が漏れ出したレーザーに焼かれながら恐怖で顔を歪ませたあと、それは爆発した。あまりにも巨大な爆発で、目を閉じずにはいられなかった。爆風も凄まじく、Zスーツといえどあんな近くにいたならば、ただでは済まないのは嫌でもわかる。


「あ……」


 黒い細かい金属と、そして白い金属が黒い煙の中をパラパラと舞っていた。


 岩野は銃口を破壊しようとしていた。それで次にトリガーを引いた瞬間暴発させたのだ。ゼロ距離で高津に大ダメージを与えるために……。


 叫びたくなったが、レイジはそれを堪え、ライアの腕を掴んで走り出そうとした。


 だがそこにライアの姿はなかった。今の爆風で飛ばされたのだろう。


「ライア! どこだ!」


「うう……レイジ、くん」


 耳鳴りがして距離感は掴めないが、声は確かに聞こえる、無事だ。だが煙が充満する視界の悪さで方向感覚も狂い、ライアの姿を見つけられない。ケイや岩野の犠牲を無駄にはできない。更なる追っ手が来る前に移動しなければ。


 その時、遠くの煙に人影が見えた。


「ライアか?」


 煙が時間と共に晴れていき、そこに立っていた人物を見てレイジは驚愕した。

 青い火花を散らす白い金属の鎧。


 あちこちが破損し、黒く焼け焦げた新型Zスーツを着た高津だった。


「ふ……はぁぁああ!」


 顔全体が血で濡れ、全身が火傷でただれ、息苦しそうな声を出しながら、立つのがやっとといった状態で機関銃を握りしめていた。



 その視線の先は――



 レイジではなく――



 数メートル横で地面に尻をついていた、ライアだった。



 気づいた時には手遅れだった。

 ただでさえ混乱した今の状況で、冷静に対応することなどできるはずがなかった。


 高津の手から放たれる銃弾の一発一発がスローモーションに見えたが、自分の身体はまったく動かない。


 弾切れになるまで放たれた八発のうち、三発がライアの腹部に命中した。

 そして声を出すことなく、ライアは仰向けに倒れた。

 高津もそのまま膝をつき倒れ、目を開けたまま動くことはなかった。


「ライ……ア?」


 ゆっくりと、真っ白な頭でライアに向かって歩いた。この事実を知るまでに時間をかけたかったのかもしれない。


 レイジはとうとうライアの元にたどり着くと、膝をつき、頭を支えて名前を何度も呼んだ。


 するとライアはうっすらと目を開け、微笑んで言った。


「ごめん……ね。わたしが、こんな……」


「ライア……おいライアしっかりしろ! お前まで死んでどうすんだよ! 俺、一人になっちまうだろ……! なあ頼む、生きてくれよぉ」


 レイジにとって、一七小隊は仲間であり友であり、そして家族だった。幼い頃に両親をなくしたレイジにとって、彼らが自分の居場所だった。


「みんないなくなっちまった。俺だけで、どうしろって言うんだよ」


「だいじょうぶ、だよ。君は、強いから。きっと……きっとだいじょうぶ」


「強くねえし、大丈夫じゃ、ねえよ……」


「あれ、おかしい、な。耳が聞こえなく……」


 腹部の血が止まる気配がない。手で圧迫して止血しようとしているが、緋弾箇所が三つではそれも難しい。だんだんとライアの呼吸が浅くなってくるのがわかった。


「ねえ、レイジくん……わたしね。君が――」


 ライアの声を聞いたのは、それが最後だった。



 ――俺は、この世界が憎い。

 ――こんな世界にした奴らを許さない。



 この先に行くこと。


 それが、この世界に対する復讐なのだ。


 レイジは叫ぶ。


 そして扉の奥深く――七色に光る空間へ、躊躇することなく飛び込んだ。

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