第11話 犠牲

 もう何発レーザーを避け、何発拳を叩き込んだだろうか。


 集中を切した瞬間死ぬ。そんな相手と戦うなど想定していなかった。ただのZスーツ相手なら、複数がかりで襲ってきても勝てる自信もあったし、ここにいる教え子たちの実力なら、正規軍とも互角に戦えると思っていた。


 教え子を二人死なせてしまったことを無駄にするわけにいかない。あとは奴を倒し扉の認証を得るだけなのだ。


「ふぅ、ふぅっ」


「おや岩野教官、息が上がっていますよ?」


 夏の暑さも地味に堪えてくる。地下という涼しい環境とZスーツのおかげで体温は過剰に上昇しないが、それでもこの緊張感に覆われた戦闘は厳しかった。

 勝てる見込みが『ある』か『ない』かで言うならば、残念ながら答えは後者だ。それほどに敵は強力だった。


 いくら叩いてもバネのように押し戻される感覚――それがずっと続く。

 最大の凶器である銃器を破壊しようにも、振り回され掴むことさえできずにいた。


「ぐあっ」


 高津の型もなっていない右ストレートが岩野の左腕を襲い、スーツの左上腕部分が青い火花を散らしながら爆散した。脳内にビービーと警告音が鳴り響く。


 苦痛の表情を浮かべる岩野を見てにっと笑い、高津はすかさずレーザーを発射した。岩野はあまり踏み込めずに跳び、右脚の脛をレーザーがかする。


 ジュワッ。一秒程耐えたのだろうが、嫌な音を響かせて攻撃を受けた箇所も破損した。

 岩野は出血と火傷の痛みから床に転倒し、焼け焦げた脚を押さえた。

 今まで流れていた汗の約二倍の量が、この時一気に吹き出したような気がした。


「なかなかにしぶとい。でもようやくこれで終わりです」


 必死に身体を起こそうとするが、身体が言うことをきいてくれない。今まで過剰なまでに分泌されていたアドレナリンも、動きを止めた瞬間分泌量を低下させ、疲労感が一気に押し寄せた。


 この状況から逆転など不可能に近い。結局自分勝手な計画で教え子を巻き込み、死なせることになった。岩野は目を閉じ、すまんと口だけ動かすと、どうにかあの三人が生き残ることを祈った。


 銃口がゆっくりと向けられる。


 そして高津が勝利を確信し、緩んだ笑顔を岩野に向けた瞬間――


「ぁあああああああああああああああ!!」


 ケイの気合の叫びと銃声が辺りの空気を振動させた。安心し隙ができた高津の背中に、ケイとライアを追っていた男が使用していた機関銃を連射させた。二人が戦闘中に取りに行っていたのだ。


「うるさいハエですね」


 ほとんどの弾が直撃しているが、そのすべてが高津の足元に落ちる。

 高津は振り返り、憐れむような表情を浮かべると、ケイに銃を向け直した。


「跳べ!」


 トリガーを引く瞬間を見ていた岩野が叫ぶ。ケイはその合図で横へ跳び、見事レーザーを回避してみせた。そして、次の瞬間レイジは高津の方へ一直線に飛び込んだ。


「――なにをッ?」


 その目的は、高津のスーツを無効化することだった。どんなに優れたパワードスーツだろうが、所詮は人の着る服である。レイジたちが着ているものもそう、一度着たら二度と脱げないなんてことはない。自らの意志で着脱でき、万が一怪我を負った時など、他の人が脱がせる必要があることから意外と簡単な着脱方式になっている。


「取り付いてしまえばこっちのもんだろ!」


 背中にしがみつくようにして高津に密着したレイジは、スーツを脱ぐときに用いる突起物を探した。


 レイジを振り落とそうと高津は必死に動いてはいるが、後ろに銃を向けることも、肘を当てることもできずにただ吠えるだけだった。しかし、


 ――ない?


 それは通常腰付近についていて、ネジの頭部のようなものを捻りながら引っ張ることでロックが解除される仕組みになっている。それがなぜか見当たらないのだ。レイジはその事実を皆に伝えることができなかった。


「紫藤君!?」


 ――焦らせるな……! 


 レイジは汗を流しながら必死にそれらしきものを探すが、やはり見つからない。若干のデザインの変更と共に、各部の構造までも変わってしまったのだろうか。


「レイジくん!」


 突然の悲鳴に似たライアの叫びにハッとするが、気づいた時にはすでに自分の左腕が、高津の後ろへ回した腕に掴まれていた。


「しまっ――!」


 スーツのロックを外すことに気を取られすぎた。レイジは掴まれた腕をどうにか引き剥がそうとしたが、とてつもない腕力によってそれは阻まれた。ミシミシと鳴る金属音が恐怖感を募らせる。


「……あああああッ」


 右拳を数発叩き込み、胴体を蹴ったが、いくら足掻いてもそのスーツの装甲はびくともしない。


「ふんッ」


 高津の短い発声と共に、身体に浮遊感が発生する。その直後、レイジの体は床に叩きつけられた。


 仰向けになった状態で上から見下ろしてくる高津の顔は、精神がおかしくなったのではないかと思うくらい瞳孔が開き、顔が笑顔で引きつっていた。力というものを手に入れた者がたどる道は、やはり暴力しかないのか。高津は自分がレーザー銃を持っていることを忘れたのか、興奮した様子でレイジを蹴飛ばした。


 ゆっくりと近づいてくる足音が、レイジの心臓の動く速度を極限にまで高めた。先ほど相手にした男の比ではない恐怖。自信家のレイジがもう死ぬしかないと諦めてしまうほど、この状況を覆すことは難しい。


 どうしてこんなことになってしまったんだろう。こんな学園に入ったことから間違っていたのだろうか。そんな疑問が脳裏をよぎるが、もはや誰を責めることもできない。


 だが抵抗することを諦めたくはない。ここで諦めたら、まだ生きている三人を更に絶望させてしまうだろう。しかし勝つための手段はもう残されていなかった。


 ケイがレイジを助けようと必死に高津へ打撃攻撃を仕掛けているが、その光景はまるで、三歳児が格闘家を叩いているだけにしか見えなかった。


 恐怖への葛藤のさなか、一人の少女が高津の前に立ちふさがった。


「ライア……やめろ、お前……!」


「琴宮! 下がれ!」


 唯一スーツを着ていないライアはなにを思ったのか、レイジの前で両腕を広げている。スーツを着ているレイジたちでさえ、軽く殴られただけで強い衝撃と共に勢いよく飛ばされている。生身の人間がその攻撃を受けることを想像するだけでぞっとする。


「お願いです。もうやめてください」


「ライア! いいから逃げろ!」


「レイジくんは、生きなきゃだめだよ!」


「は? なに言って……」


 いきなりの乱入者に戸惑ったのか、高津は足を止めていた。だが、この状況を楽しみ始めたのか、ゆっくりと銃口をライアに向け始めた。


「レイジくんは、みんなとは違うなにかを持ってる。みんな言ってるよ。一七小隊のみんな、他の小隊のみんな……みんながレイジくんのことすごいって。きっと君が、この世界を変えてくれるって」


「僕も、そう思いますよ」


「ケイ……?」


 ずれたメガネを直しながら、高津の後ろで膝をついていたケイが立ち上がる。


「あなたみたいな、世界平和を誰よりも願っている人が戦って上にいくなら、きっと世界は良い方向へ進んでいく。そう確信しています」


 にっと笑顔を作りながら、再びケイは構えた。


「ほほう、いい信頼関係です。我が軍の生徒にこんな人材がいたとは嬉しいですねえ。ですが残念、ここを通すといくら私といえど大きな失態となり、軍法会議になってしまうでしょう。大事なこの時期にこの地位を失うわけにいかないのでね。悪く思わないでください」


 不意に、高津はなんの躊躇いもなくトリガーを引いた。


 一〇メートル先にはライア、そしてその後ろにはレイジがいる。目視してから回避は不可能。だが、すぐ後ろでトリガーを引く瞬間を見ていた人物がいた。


 レーザーが放たれた直後、ライアの目の前に黒い影が現れ、その数秒後、その影は跡形もなく蒸発した。

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