第10話 圧倒的力

 高津の手には、おそらく最新の巨大銃器――『RZ―51』が握られている。正規軍のZスーツですら一発耐えられるかどうかの、身の丈ほどあるレーザー銃。


 当たった箇所に熱で大穴をあけることができる対戦車用兵器であり、対人では決して使うことはない危険な代物だ。普通の人間では片手で持つことなどできない重量の銃器を、高津は軽々と持ち上げている。


 それを可能にしているのは、おそらくその着ているものにある。正規軍と同じ白いZスーツ。しかしどこか違う。


「ああこれですか? これも最新式でしてね。この地に来ることを心配した本部の技術者がくれたものです。わたしは戦闘員ではないので着方もさっぱりでしたよ」


 レイジたち学生と正規軍が着ているもののデザインは、色が違うだけでほぼ一緒である。しかし高津のスーツはそれよりも少し分厚い金属で作られていた。しかし重さは感じられず、動きが鈍くなっていることもなさそうだった。むしろ性能は上がっているはずだ。レイジたちの額に冷や汗が流れる。


 高津は右手に持つ銃器を撫でながら口を開いた。


「岩野教官、あなたは優秀な兵だったと聞いています。会うのは今日が初めてですが、あなたがここの〝管理者〟に選ばれたのも納得です」


「自分も選ばれて良かったと、心から思っております閣下。そのおかげで今日、ようやく自分の手でこの扉を開けることができる」


 高津は微笑み、


「ほう、開けてどうするのです。まさかそこの皆さんで〝あちら〟へ行くと?」


「ええ、そのつもりです」


「行ってなにを? 観光なら許可できませんよ? それにその扉は限られた人間にしか開けることはできません。わたしのような軍の上に立つ人間でなければね」


 岩野は答えず、腕を伸ばすストレッチを始めた。高津は訝しげな表情をして、なにかに気づいた様子で高笑いを始めた。


「まさか、このわたしの首でももぎ取ろうとでも言うのですか。やめておきなさい、パスワードも必要ですし」


「パスはわかっています。あとはあなたの網膜認証だけなので」


 それを聞いた高津の目が若干据わり、空気が重くなるのをレイジは感じ取った。


 ここで岩野は、今のやり取りの意味がわからず傍観しているレイジたちに目をやり、


「下がっていろ。戦いが終わるまで、十分にな」


「戦う気かよ」


「これは必要な戦いだ。この戦いで、後に数十万……いや、数千万以上の命が助かるかもしれないのだ」


 大きすぎてパッとしない数字だが、岩野がこの戦いにすべてを賭けているような気がして、レイジはとてもそれ以上言葉を発することはしなかった。


 岩野はレイジたちが離れるのを確認すると、静かに構えた。高津はそれを見てため息をつくと、手に持つ銃器をゆっくりと岩野に向けた。


「あまり自ら人を手にかけたくないのですが、仕方がない。生徒の皆さん、恨むならこの教官を恨んであげてください」


「紫藤、織縫、流れ弾に注意しろ。琴宮を守れ」


 数秒の沈黙のあと、先に動いたのは高津だった。


 放たれるレーザー。岩野はトリガーを引く高津の指を見て、ほぼ勘だけを頼りに横に跳んだ。とても目視で回避できるスピードではない。いつの間にか横を通り過ぎているような圧倒的な速度。


 岩野が元いた床は見事に蒸発して抉れ、煙が立っていた。


 この銃器『RZ―51』は連射できるほど優秀ではない。一発ごとに一〇秒のチャージ時間が必要である。知っている岩野はその隙を逃さない。


 地を大きく蹴り、一気に距離を縮める。高津は岩野の突進を防ごうと、銃器を大きく振った。岩野は銃器を拳で破壊するつもりだったが、思った以上に動きが早く、かする程度だった。


「――フンッ」


 岩野は間髪いれずに態勢を崩した高津に拳を繰り出す。が、腹部に当たったはずの拳に手応えが全くなかった。


「――っ?」


 一〇秒経ったのか、高津は二射目を放つ。動揺していた岩野だったが、これもなんとか躱した。


 岩野は少し距離をとり、自分の拳を見つめた。確かに当たったはず。通常Zスーツ同士の戦闘であれば多少の手応えがある。しかし今は磁石同士が反発するような、ふわりとした独特の感触しか残らなかった。


 再び岩野はレーザーを回避すると、もう一度今の手応えを確かめるべく高津に接近する。


 岩野が得意とする武術は空手が元になっている。複数の技を絡めながら次のレーザー発射まで拳や脚を叩き込むが、やはり全ての打撃が効いていない。


「とりゃ!」


 それどころか、動きが完全に素人の高津の軽い打撃が、岩野の身体を強く揺らした。右の拳を両腕でガードした直後、右膝が腹部を直撃。体格の良い岩野の身体が一メートルほど浮かび上がった。


 リウェルト軍の上層部の大多数は、黒雨戦争で生き残った政治家だと言われている。下に指示するだけの形だけの存在のようなものだ。


 おそらく高津もその一人だ。そんな格闘素人が、元正規軍である岩野の攻撃を防ぎ、それどころか追い詰めている。それほどに高性能のスーツが完成していたというのか。


「くっ……」


 岩野は無理やり身体をひねり、間一髪次のレーザーを回避した。


「驚いているようですねえ。まあ無理もありません、この新型Zスーツはなんと、従来の正規軍の一三〇%の出力が出せるようになったのです。あなたが今着ている、たかが学生用スーツの約二倍の性能です。格闘素人の私でもこの力……今後我が軍に普及していくことを考えると恐ろしい」


 両手を広げながら自分のスーツを見て、高津は嬉しそうに語った。


「二倍……無理ですよそんなの……戦っていい相手じゃない……!」


 ケイが顔を青くしながら呟いた。ライアも同様の反応だ。そんなものを着た相手など倒せるわけがない。第一、対Zスーツ戦を想定しての訓練など行なっていないのだ。岩野であってもそうだろう。


「…………」


 レイジは少し前のめりになり、無言のままだった。ケイはそれを見てなにか感じ取ったのか、慌ててレイジの肩を掴んだ。


「し、紫藤君っ。まさか助けに行くなんて言わないでくださいよッ?」


 レイジの性格をよく知るケイにはわかった。訓練の時もそう、仲間のピンチを自らの危険を顧みず飛び込んでしまう悪い癖。今まさにレイジはそれをしようとしているのだ。


「俺は……!」


 歯噛みしながら、レイジはなんとか自分の動こうとする足を押さえつけた。岩野は高津に拳を何度も叩き込んでいるが、その必死さも虚しく攻撃は効いていない。岩野のポテンシャルは先に見た戦闘だけでも正規軍以上なのは明白。そんな岩野の勝機が見えてこないのに、自分が行って手助けができるとも思えなかった。


「見てることしかできないのかよ……!」


 ケイは、そんなレイジの悔しそうな表情を見て肩に手をやった。レイジは、いつもはそんなことをしないその行動に驚きケイを見た。


「ケイ?」


「僕に提案があります」

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