第8話 粋がるなよ三流
地下に来るのは初めてだった。学園の職員ですら限られた者しか入ることができないこの場所は未知の領域だった。
まず見えたのはZスーツ。その保管のされ方を見てレイジは驚いた。一着ずつガラスケースのようなものに入れられディスプレイされており、一メートル間隔で列を成し綺麗に並べられている。そしてそれぞれレールのようなものが上に伸びていた。分岐されたそのレールは最終的に五本にまとめられ、上に続いている。その五本のレールが保管庫にある五つの転送BOXに送られるのだろう。
「紫藤君!」
ケイはこの風景に見入っていたレイジに声をかけ次の行動を促した。
「わ、わりい。たぶんすぐ追っ手が来る。少し走るぞ」
Zスーツを着ることで、同時に首の後ろを覆っている機械が脳神経と直結する。身体能力の向上はもちろんのこと、視界にセンサー類、またスーツの耐久力が映し出されるようになる。これによって暗闇の中も明るく見えるため、走るのは困難ではなかった。
レイジは走りながら岩野にコールする。岩野は待っていたかのように一コールで応答した。
「地下に着いた。どこへいけばいい」
『南西の方角だ。そこに見るからに怪しいセキュリティで固められた大きな扉がある。そこまで来い』
レイジは通話を持続したまま会話を止め、ケイに指示してその方向へ走り出した。
「なにがっ、どうなってるんです! 僕は、僕はっ」
顔を真っ青にして走るケイ。もしかすると吐き気を堪えているのではないかとレイジは思った。自分だってそうである、死体は見たことがあっても死ぬ瞬間など見たことがない。ましてや直前まで普通に動いて話していた友人だ。
「難しいかもしれねえけど今は頭空っぽにして走れ! すぐに追っ手が――くそ、後ろだ!」
後方から銃を構えるガシャリという音が聞こえる。足音も複数するが、流石のレイジもこの状況では敵の人数など把握できなかった。障害物は並べられたZスーツのケースと所々に立っている支柱のみ。地下の構造など知らず、武器のないこちらが逃げ切ることは到底不可能だ。
「うわあっ」
「クソッ! 来たか!」
機関銃の弾が胴体をかすめる。痛みはないが心臓には非常に悪い。
「ケイ! お前はそのまま走れ!」
「紫藤君っ?」
レイジはケイを押し出すように肩を叩いたあと、すぐ横にあった支柱に身を隠した。
勝算などゼロに等しい。相手が誰でどのくらい経験を積んでいるのかも不明であり、こちらは戦場での実戦経験がない、ただの学生二年目なのだ。このままスーツを着ていないライアを守ったまま、目的地に辿り着ける確率の方がもっと低いだろう。
レイジは目を閉じゆっくりと深呼吸した。異常なまでに早くなっている心臓の鼓動音を消さなければ、音で敵の位置を知ることなどできない。
「せめてあの二人だけでも逃がす」
銃声は続いている。銃弾は一〇秒も経たないうちに隠れている柱がボロボロになるほどの破壊力。貫通するのも時間の問題だった。
レイジが動けないその隙に、敵の一人がケイの向かった先へ走り出した。
舌打ちするがどうすることもできない。だが、これで敵の人数を知ることができた。
自分を狙って銃を撃ち続けている人物、そして今走っていった人物だ。
三人以上いるのであれば、今の時点で二人向かわせレイジを慌てさせるのが定石。それをしないということは、敵は二人だけである。
――なら。
レイジは身を翻し、横目で敵を確認しながら次にある横の支柱まで飛び込んだ。
数発当てられたが気にしない。まだスーツの耐久力は十分にある。
思った通りそこにいるのは一人だけだった。サングラスをかけた体格のいい男は〝白い〟Zスーツを装着していた。つまりここの学生ではなく、本部――正規軍の人間ということだ。
レイジは着地したその足で踏み切り、真上に跳躍した。支柱で男からその姿は見えていないはず。そして天井で踏ん張りをきかせると、その男に向かって一直線に飛び込んだ。
「――っ」
男の顔が歪む。だがあくまで冷静、直線で突っ込んできたレイジの横腹に銃床を叩きつけ横に吹き飛ばす。
いくつものZスーツの保管ケースをなぎ倒し、支柱にぶつかりようやく動きが止まる。
すぐさまレイジは態勢を直そうとするが、顔をあげた瞬間目の前には銃口があった。
「終わりだ小僧」
男の低い声が鼓膜を突く。流石にこの距離ではいくらZスーツといえど、連射されたら一〇秒持つかどうかだろう。抵抗しようにも足を踏まれており、ヘタに動けない。
自分の考えが甘かった。学生相手になら通じる戦法でも、プロには通じない。そんなことはわかっていたのに――
「やっぱ自惚れてんのな、俺って」
男が無表情でトリガーを引きかけた瞬間、「ガキンっ」という音と共に男がレイジの視界から消え去った。
「なっ」
そして聞き覚えのある声がした。
「今のシチュエーションでの対処法は教えたはずだ、紫藤」
「岩野……教官?」
真横からフルスイングで殴られたらしい男は遠くの壁に激突し、大きなクレーターを生み出していた。
「なんでここに? それにどうしたんだよその格好」
「そのへんのを拝借した。久々に着たが、やはり生徒のではサイズが合わん」
黒い生徒用のZスーツをきつそうに着ているのは、南西で待っているはずの岩野だった。
「待ち合わせ場所はまだ先だろ? ケイは? ライアはどうしたんだよ!」
「あの二人なら無事だ。追っていた奴なら戦闘不能にしておいた」
「っ……バケもんかよ」
相手はおそらく現役の兵士。それもパワーや機能が制限されている学生のものとは違う、本物のZスーツだ。それと戦って数分と経たないうちに倒したというのか。
この学園の教官は元リウェルト兵で構成されているということは知っていたが、戦闘力は未知数だった。
「その、ありがとう……ございます」
「ああ」
表情を変えず岩野は答えると、砕けた壁から抜け出し右肩を回している男に視線を変えた。どうやら機関銃は先の攻撃で故障したらしい。男は足元に転がる銃を遠くへ蹴り飛ばした。
直後、準備運動が終わった様子の男は岩野に向かって飛び込んできた。一〇メートル以上あった距離が、瞬く間にゼロになる。
右の拳が岩野の顔面を襲い、岩野はそれを額で受け止める。
ブワッという風圧がレイジを襲った。
一瞬の硬直のあと、岩野は男の前に出された右手を掴み、そのまま下に引っ張った。頭が下がったところでかかとを後頭部に叩き込む。男は小さく声を漏らし地面に叩きつけられた。
生まれた隙にもう一度足底を叩き込もうとした岩野だが、それを素早く回避されると足首を蹴られ転倒する。が、手のひらで着地し、そのまま後方へ跳ぶ。次の攻撃を回避した。
「粋がるなよ、落ちぶれた教官風情が」
「教え子の前だ……負けるところは見せられん
」
男は左右に小刻みにステップを踏みながら岩野に近づき拳を放つ。岩野は手でそれを受け流しながら掌底打ちを胸や顎に当てていく。そして隙ができた瞬間力いっぱい拳を腹や顔に叩きつけた。
「すげぇ……」
初めて見る岩野の戦闘に、レイジは思わず声を漏らした。教官として指導されるだけの存在であった岩野が、命を賭けて自分を守ってくれている。
出力が正規軍の七〇%しかないといわれている学生用Zスーツで、互角――いやそれ以上に戦っているのだ。岩野が現役だった頃を知らないが、どれだけの活躍をしたのか、こんな場面であったがレイジは想像を掻き立てられて仕方がなかった。
男は何度も岩野の拳を喰らい、とうとう足がふらつき始めた。痛み自体はスーツの耐久力がなくなるまで無いに等しいが、体力までは補ってくれない。岩野は息を切らすことなく、男の体力を徐々に削っていった。
息が荒くなり、攻撃に力が入らなくなってきた男のスーツは、ついに岩野の鉄球のような思い拳が突き刺さり、砕け散った。
男は肺に溜まった酸素と共に血を吐き出し、特に言葉を発することなく、受身も取れずに崩れ落ちた。
「粋がるなよ三流」
気を失い戦闘不能になった男にそう吐き捨てて、岩野はレイジの方へ向かう。そして手を肩に当て、
「悪いな。二分待たせた」
「あ、いや」
たったそれだけの時間で、重火器も使わず、自分の身一つでZスーツを破壊まで追い込む者がいるなど聞いたことがなかった。岩野に恐怖を覚えたが、同時に強い憧れを抱いた。
「どうした行くぞ。次の追っ手が来る前にな」
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