第7話 襲撃

 一〇分前。第二会議室


「さて、続けましょう」


 高津はライアの追っ手を自分の護衛二人に任せると、何事もなかったかのように会議を再開させた。


 ライアに不審な動きがあれば発砲を許可し、命を奪ってもよいという発言に驚きを隠せない生徒たちをよそに、不気味な笑みを浮かべている。

 岩野は表情を険しくしていた。そして立ち上がり、


「閣下、少し席を外してもよろしいでしょうか。暑いからか気分が優れないようで」


「どうぞ。では少し休憩を入れましょう。確かに暑いですからね。ああそうだ、戻る時で構いませんが、なにか飲み物を持ってきてはくれませんかね」


「はっ」


 岩野は会議室を出ると、すぐさま移動を始めた。


 この状況で今日初めて会った自分に自由行動を取らせるなどありえない。高津は絶対に自分にも監視役を付けるはずだと確信していた。


「さて」


 まず自分がやるべきことは一七小隊を招集させること。

 岩野はなるべく自然に一つの教室に入ると、すぐに準備していた防弾シャッターを廊下側に下ろして携帯電話を取り出した。


 あまり時間はない。


 紫藤レイジは反省文を口実にここへやって来る。そして誰もいないこと、施錠がされていないことに気づいて第二会議室の様子を伺いに来るだろう。


 残る三人は今までの経験から、戻ってこない仲間を放置することはしない。必ずここへやって来る。だが念のためレイジと同室のメンバー全員に、ここへ来るようメールをしておくことにする。


 ライアが会議室から逃げ出してしまうことは、自分でも驚く程想像通りだった。例えレイジが今近くにいなくても、聴覚がすぐれている奴なら気付くはずだ。それを追って二人は合流する。


 ナツキやケイ、ダイゴは気配を消すのが全生徒の中でもズバ抜けてうまい。校舎内に残っている人物にできるだけ出会わないようやってくるだろう。


 これで最終的に全員が揃い、地下の〝あの場所〟へ行くことができるはずだ。

 あとは自分がそこへ行き、彼らを案内するだけでいい。

 もう一度計画を確かめてから、岩野は携帯電話でレイジへコールした。


「問題は、あいつが俺を信じるかどうかだがな」


 岩野は暗闇の中苦笑いし、これからのことを祈った。


      



 あれからすぐ。レイジたちがZスーツ保管庫で談笑している時だった。

 突如校内にけたたましい音量の警報が鳴り響いた。


「なんだ!?」


「初めて聞く音です。訓練が始まったんですかね?」


「でも資料にはこの時間はなにも書いてなかったわよ」


 ライアが見た資料には日付が変わってからの予定しか記載がなかった。この時間帯になにか起こるとは聞いていない。


「ちと見てくるわー」


「おいナツキ!」


「火事とかだったらやばいじゃん? 顔出すだけだから」


 レイジが呼び止めるのを無視してナツキは立ち上がり、ドアの方へ向かった。

 ドアの内側からは簡単な四桁のパスコードを入力することで開くようになる。ナツキは手馴れた手つきでパスを入力すると、開錠されたドアを横にスライドし、顔を出した。


「どうだ?」


「んー、暗くてわかん――」


 その時だった。



 チュンッ――という小さな音。



 それと同時に明るく照らされた保管庫内に、赤い霧が舞う。そしてトマトジュースのような液体が、床を這う。


 ケイがそれを指でなぞり、確認する。


 べっとり指にまとわりつく赤いなにか。


「あ……」


 きっとそれは無意識の行動だったのだろう。突然不思議なものが目の前に現れたなら、触れてみたくなるものだ。


 それが仲間のものであると知らないのであれば、尚更だった。


 指に付いた液体がなにかを理解するのにそう時間はかからなかった。


「血……」


 言った直後、ドアの前で頭だけ出していた少年の身体が、音を立てず静かに転がった。


 警報が鳴り止む。


 胴体が挟まれ半開き状態になったドア。この世界から音がなくなったのではないかと疑うくらい、この空間が静寂に包まれた。

 皆、声が出ない。いや、出してはだめだと本能的に感じ取っている。

 赤い液体が皆の元へ流れ込んでくる。


 この時理解した。ドアの向こうになにかがいる。そしてナツキはそのなにかに――






 殺されたのだということを。






 息をゆっくりと吐き出したダイゴにレイジは目をやる。すると目を見開き、倒れるナツキを凝視していることに気づいた。


 ――やめろダイゴ、やめろ!


 その声がもう少し早く出れば、状況は変わっていたのかもしれない。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ」


 ダイゴは立ち上がるのと同時に前へ飛び出した。まだナツキを助けられる、そう思ったのだろう。だがレイジのいる角度からは、ナツキがもう息をしていない状態であることを知ることができていた。


「やめろおおおおおおおおおおおおッ!!」


 案の定、ナツキの救助に向かったダイゴも同じ目にあった。


「ドアを……」


 レイジは震える声で叫んだ。


「ドアを閉めろおおぉ! ケイ!!」


 ドアに一番近かったのはケイだった。レイジはそう叫びながら立ち上がり、自分のZスーツの呼び出しを行ない始めた。


「あ、あああ……」


「早くしろ!! おい! ケイ!!」


 ドアを閉めるということは、倒れた仲間をドアの向こうへ押し出し、見捨てるということ。

 もはや助からない命だとわかっても、そんなことできるはずがなかった。

 ライアは頭を抱えガタガタと歯を鳴らし、尋常でないほど震えていた。とても動ける状態ではない。

 おそらく二人は何者かに狙撃されたのだ。早く行動を起こさなければ、自分たちも殺される。


「なんなんだ、なんなんだよ!」


 自分のZスーツが転送BOXに届く。その時気づいた。ずっと自分の携帯電話が振動していたことに。

 着信表示を見る余裕すらない。レイジは邪魔だと言わんばかりに携帯を床に投げ、制服を脱ぎ捨てると、Zスーツのインナー、そして黒い鎧を纏っていった。


「おいケイ! くそ!」


 Zスーツを装着したあと、ケイはまだ動けていなかった。レイジは一〇倍以上に跳ね上がった脚力でドアまで跳躍。倒れている大切な二人の友人の顔を細目で見ながら、ドアに挟まれた胴体を押し出した。そして乱暴にドアを閉めた。その間レイジの頭部に二発の銃弾が当たるが、痛みを感じることなく弾き返した。


「ケイ! お前もスーツを呼び出せ!」


 こくこくと素早く頷いたケイは、血のついた震える手でずれたメガネを直し、スーツの呼び出し手順を踏んだ。


「おい、ライア! ライア!」


 ライアの身体は震えと共に、恐怖で筋肉に力が入り動かない。Zスーツを装着した状態で腕を握ると痛めてしまうかもしれないため、無理やり引っ張るのを躊躇してしまう。


「お願いだ、頼む。スーツを着てくれ。そうしないと、俺たちも――」


 消極的なことは言いたくなかった。しかしレイジも突然の仲間の死のあとで落ち着いているわけではない。手は震え、声はかすれ、きっと目は見開いているだろうと自分でも思った。


「だから頼む……!」


 返事はない。


 一瞬部屋内が静まった時だった。先ほどからずっと振動し続いている携帯電話に目が止まった。床に放り出されたそれをレイジは掴んだ。


「岩野……教官?」


 レイジは思わぬ人物からの着信表示に警戒心を抱きながら、ゆっくりと応答ボタンを押した。


『紫藤! どうした、今どこにいる!』


「どこにいる……じゃねえよ。ナツキとダイゴが……殺された……!」


『……なッ。なんて……ことだ。三倉と楠が……』


「どうなってんだよ……なんなんだよこれはッ! 誰がこんなことを! もしかしてあんたたちなのか、こんなことしたのは!」


『……詳しく答えている余裕はないが……そういうことになる』


「は?」


『今から大規模な戦争が起こり、かつてない混乱が起こるだろう。今はその余興にすぎない』


「意味が、わかんねえよ。余興で仲間が殺されたのか、おい? ふざけんな、ふざけんなよ!」


 だんだんと声量が増し、怒りから震えも収まりつつあった。


『よく聞け。俺はそれを阻止したい、これから俺の言うことを行動に移せ』


「はぁっ?」


『まずはZスーツを確保しろ。それを着て転送BOXのどれでもいい、一つをぶち破って地下へ降りろ。それから――』


「待てよ! なにを言ってんだ。あんたはナツキたちを殺したのが自分たちだって言ったじゃねえか。なんでそんな奴の言うことを聞かなきゃなんねえんだよ!」


 一瞬の間があったが、岩野は答えた。


「すまん。俺はお前たち五人でここを脱出させるつもりだった。そして世界を救ってもらいたかった」


 言っている意味が一層わからなくなり、レイジの眉間に力が加わる。


「とにかく生き残るためには俺の言う通りにしろ」


「紫藤君、僕の準備は終わりました。あとは琴宮さんだけですが……」


 スーツ着て少し落ち着いたのか、先程までの震えが見えなくなったケイがレイジに報告する。ライアはまだガクガクと震えてえいるが、ケイに支えられながらゆっくりと移動し、転送BOXまで向かっていた。


 レイジは強く舌打ちすると、


「教官、俺はあんたのことが嫌いだ」


『ああ』


「でもな、他のどの教官よりも、本気で生徒たちを生き残らせたい、強くさせたいってのは痛いほど伝わってた」


『ああ』


「俺はこの世界が正直嫌いだ。だから戦場に行きたかった。行って戦いたかったわけじゃない、平和にして好きになりたかったんだ」


『そうか』


「……どうせ死ぬなら自分を信じて死にたかったんだけどな。どうやらこの状況じゃ、あんたを信じて足掻くしかないみたいだ」


 保管庫の外側に数人来ている。レイジはそう感じ取った。

 カードキーがあればすぐに入ることができるため、いつ突入されてもおかしくない。すぐに突撃してこないのは、こちら側の人間すべてがスーツを装着していると想定し、警戒しているからだろう。


「俺たちは今保管庫にいる。俺とケイはスーツ装着済み、ライアは間に合わない」


『守れよ。地下で会おう』


 レイジは通話を切り、転送BOXの前で足を大きめに開いて立った。


「ど、どうするんです? それに今の電話は?」


「話はあとだ。お前はライアを抱えて俺について来い」


 レイジは右拳を力いっぱい握りこんだ。


「悪いナツキ、また置いてけぼりにして。ダイゴはナツキのこと、頼んだぞ」


 息を大きく吸い込んでから呼吸を止め、握った拳を転送BOXに思いっきり叩きつけた。

 金属が潰れるベコッという音の次に、時間差で空気が振動。ゴオオッという騒音と共に、地下への通路が出来上がった。


 底が見えない落とし穴のような空間。下まで何メートルあるかわからない恐怖があるが、恐れている暇などない。レイジはその穴に飛び込み、ケイもライアを抱えそれに続く。


 上からはドアの開く音、その後すぐ発砲する音が聞こえたが、数秒後レイジたちは地下へと到着した。

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