第6話 仲間

 無事到着すると、ベルト穴に小さな鎖で繋いでスカートのポケットに入れてある、保管庫のカードキーケースを探そうとしたが、手が震えて取り出せなかった。追っ手の足音が近づいてくる。


 心臓が爆音を鳴らす中、近づく人物に対抗すべく振り返った。ライトを顔に向けられ視力が一瞬落ちたが、追っ手は自分の肩に手を触れようとしていたため距離感は十分に掴めた。ライアは追っ手の腕を掴むと、関節を決め足を払い、床に叩きつけた。


「いでッ」


 妙に自分にとって心地の良い、聞き慣れた声だった。転がるライトを拾い、痛みで唸る人物の顔を照らしてみると、そこにはここにいるはずのない人物、紫藤レイジが倒れていた。


 ライアは混乱しながらなぜここにいるか問い、レイジもなぜ泣いているのかと問う。自分でも気づかなかったが、ライアは泣いていたのだ。


 ライアは本当の追っ手が来ることを警戒しながら、小声で簡潔に会議室で行われた話の内容をレイジに伝えた。


「――んな。でも……そんな馬鹿なことがあるかよ」


 震える声でレイジは言った。


「でも、それをお前、鵜呑みにしたのか?」


「わ、わたしははっきりと説明を受けたのよ?」


「いやそうだとしてもだ。冷静になれ、俺たちがよその国に戦争仕掛けてなんのメリットがある? 今じゃどの国も経済的に豊かなところなんてないし、日本はその中でまだマシな方なんだぞ? それこそ本当に俺たちを試している訓練ってこともある」


「あ……! いや、メリットがあるかどうかは考えたわよ?」


「その『あ』はなんだよ。まあ、そんなお偉いさんが来てそんな話をしてたんだし無理はねえけどさ。俺もその場にいたら……ハゲくらいなら殴ってたかもな……ごめん殴ってます」


「うん、すごく想像した」


「つーかあのハゲ坊主そんなところにいたのかよ。急いで損したじゃねーか」


 これは高度な訓練に決まっているとレイジは判断した。実際リウェルトは戦いを起こすことを目的としていない。戦いを終わらせることを目的としているのだ。なんの益にもならないだろう戦争をわざわざ起こす理由がいくら考えても見えてこない。


「まあ大丈夫だろ。訓練なら受けてやろうぜ、そうしないと卒業できねえし」


「……そうだよね。はあ、ほんと訓練ならわたしすっごく恥ずかしいことしたなぁ。岩野教官に怒られるよぅ」


「俺も一緒に謝ってやるから心配すんな。反省文の書き方も教えてやる。ほら、戻るぞ」


「そんなので頼もしい顔されても」


 レイジはライアの手を引き、会議室に引き返そうと歩き出した。

 しかし今いる階の奥から複数の足音がしてくるのに気づき、レイジはライアの腕を掴んで姿勢を低くした。


「ど、どうしたの?」


 レイジは人差し指をライアの唇に当てた。ライアは顔を真っ赤にしてあたふたしている。


「誰か来る。二人だ」


「聞こえないけど……誰かわたしを探しに来たんじゃ」


「ならライトくらい付けるし、気配なんて消さないだろ」


 確かに、とライアは頷いた。暗闇の中ライトを付けないこと、そして自分に聞こえないような音で接近しているのは明らかにおかしい。落ち着いた胸の鼓動が再び騒ぎ出した。


「カードキーは?」


「あ、はい」


 今Zスーツの保管庫に入れば、接近してくる誰かに気付かれることなく隠れられる。そう判断したレイジは、ライアから受け取ったカードキーを開錠機にスラッシュさせ、手動で開閉させる鉄製のドアから中に入ろうとした。


「おうレイジ! こんなところにいたか!」


「ぬあッ?」


 振り向いたすぐ後ろに、よく見知っている人物三人が立っていた。


「お、お前らかよ……いつの間に」


 金髪をいじりながら眠たそうに答える男は、小隊仲間のナツキだった。その後ろにめんどくさそうな表情をしたケイと、いつものごとく棒立ちのダイゴが制服姿で立っていた。


「帰ってこないお前を探すついでに、夜の校舎探索とかしようと画策してたんだけどさ、さっきハゲにメールで呼び出されたんよ。理由も書かずにすぐ校舎に来いってさ。どうせお前がまたなんかやらかしたんだろうなーと思いつつ来てやりましたよ感謝しろ」


「それでつい先程遠くにお二人が走っていくのを見たもので、驚かそうと近づいてきたわけです。ああもう、面倒くさいことをしました。眠いのに」


「そ、そうか」


 気配の消し方は文句がなかった。ただ、本当に先程感じた気配は今ここにいる三人のものだったのだろうか。二人のように感じたのだが……。


 振り向くまで気づかなかったのは自分の失態だが、レイジはなにか違和感を感じてならなかった。


「つーかこんな時間になに開けてんの? Zスーツ保管庫だろここ」


 ナツキが半開きになったドアを覗き込む。


「ああいや、もう入らなくてよさそうだ。それよりお前らあいつに呼ばれたんだろ?」


「そうだけどさ。ちょっと中入ろうぜ」


「いやいや、なんでですか?」


「実はさー、今日の訓練でここに忘れ物しちゃったんだよなー」


 ナツキは拝むように両手を合わせ、皆の方を見た。レイジはため息をつきながら閉めかけた保管庫のドアを再び開け、先導して中へ入っていった。


「わりぃ。すぐ探すわ」


 そう言ってナツキは保管庫の照明を付け、忘れ物をやらを探し始めた。


 保管庫は二〇畳ほどの広さで、セキュリティ上窓がない。コンクリートで覆われたひんやりとした空間の正面に、家庭用冷蔵庫サイズの黒い機械――通称『転送BOX』――が五つ寝かされ、男女の更衣室に繋がるドアが二つあるだけのシンプルな構造になっている。


 その黒い機械は地下に繋がっており、スーツを取り出す時は指紋と網膜センサで本人の認証を得ることで、地下に格納された自分のZスーツを呼び出すことができる。


 横の壁には小隊ごとに用意されたロッカーも備えられており、ナツキはそこをガサゴソと乱暴に漁っていた。


「まだかナツキ」


「んあー、おっかしーな」


 なにを忘れたかは知らないが、早くしないと誰かに見つかってしまう。レイジは苛立ちを抑えながら待つ。すると外で待っていた三人が突然保管庫内に流れ込むように入ってきた。


「おい、なんでお前らも中入ってくるんだよ。見張りは?」


「ごめんレイジくん、実は誰か来たっぽくて、それでびっくりしちゃったというか……」


「ぼ、僕は別にびびってなんかいませんけど?」


「うす。同じく」


 ダイゴはともかくケイは声が震えていた。レイジは苦笑し、


「お前らなあ。誰かいたって、きっとライアを探しに来た誰かだろうし、ケイとダイゴも校舎に呼ばれた身なら逃げる必要ないだろ」


「「「あ」」」


「あ、じゃねーよ。……まあいいか、こんな状況も悪くない」


 夜の校舎に小隊メンバーでひそひそとなにかやっている。この状況がなにか楽しく思えて仕方がなかった。レイジは壁に背を当てそのまま座り込み、他の三人も近くに座った。


「もう二一時半ですね。これからどうするんです?」 


「なんかライアの話によると、これから臨時訓練的ななにかが始まるんだと。だからこの際このままここにいてやろうかと」


「これからって、夜中にですか? そういえば会議の内容って」


「うん、その話だよ。結構大規模なものになると思う。なんか学園長と本部の中将閣下が見えて、戦争を起こすような話をしてた。訓練じゃないとは言ってたけど……たぶん訓練」


「学園長と中将閣下? なんですかそれ。それに戦争?」


「俺もよくわかんねえ。大真面目に話してたらしいからライアが真に受けたみたいでさ、会議から逃走してきたところを俺が確保した」


「あっさりわたしに倒されたひとがなにを言うっ」


 ていっ。とライアはレイジの額にデコピンを食らわす。爪が額に食い込み、猛烈に痛がるレイジの姿を見て皆声を上げて笑った。その時、


「――あったああああああ!」


 笑い声を遮るように叫んだのは、ロッカーでなにかを探していたナツキだった。


「やっと見つけたか。で、なにを探してたんだよ」


「これだよこれ!」


 やたらと高いテンションで近づいてくるナツキが手にしていたのは、一枚の写真だった。


「あれ? これって」


 ライアは手を出しそれを受け取る。


「一週間くらい前に第五のやつにみんなで撮ってもらったじゃん? それが現像終わったって今日貰ってたんだよ。久々だよな写真見るのって」


「そうだけど、んな大事なもんロッカーに突っ込んでおくなよな」


 現在カメラといえばデジタルではなくフィルムを用いるものが主流になっている。理由は家電業界が戦後衰退し、新たな商品が生まれなくなったことが大きい。よってフィルムカメラを持っていて、現像できる環境がない限り写真を撮ることはほぼできないのだ。


 今回は実家からカメラが送られてきたという人物の情報を聞きつけ、ナツキが交渉し撮影してもらったのだ。現像は校内の道具を使う許可を得てやってもらっていた。


「へぇ、うまく撮れてんのな」


「でもレイジ顔が引きつってるし」


「うるせ」


「ダイゴ君は眉の上から切れちゃってますね」


「むう……」


 カメラを向けられるなんてことは、皆幼少期以来のことだった。写真を撮る時の掛け声もよくわからず、「せーの」の合図で笑顔を作った。結果一度限りの撮影で成功している者は誰もおらず、皆なにかしら表情がおかしくなっていた。


「平和になったらさ、もう一度集まって写真を撮ろう」


「いきなりどうしたんだよレイジ」


「今度はこんな格好じゃなくって、普通の格好して、いろんな写真を撮ろうぜ。たぶん俺らは一生の付き合いになる。仲間として、友達としてさ……」


 そう言ってレイジが皆に視線を送ると、にっと微笑んで頷きあった。そしてレイジが拳を前に突き出すと、一斉にそれぞれの拳を突き出す。


「んじゃ、これからもよろしく頼むわ」

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