第37話 満漢全席は大変だ!

 これで帰国できると、原課長はホッとしたが、前田はこれからのアクアプロジェクトの実行は大変そうだと気持ちを引き締める。


「山本支店長がもう少ししっかりしていたら、上海の建築会社などとのつながりもできていたのでしょうが……ほぼ一からスタートしなくてはいけませんね」


 原課長もその点は頭が痛く、誰を次の上海支店長にするか、そしてアクアプロジェクトの責任者にするかと悩んでいたのだ。


「前田君は中国語も堪能だし、前からアクアプロジェクトを中国に売り込むことに積極的だったから、できれば上海で指揮をとって貰いたいが……」


 前田は上海支店長には年齢的に若すぎるが、山本支店長よりマシだし、本当は上司に掛け合いたいと原課長は考えていた。しかし、チラリと天宮家の二人を見て、この問題児達の教育担当者なのだと首を横に振る。


「私は支店長でなくても、アクアプロジェクトの責任者として赴任したいです」


 原課長が支店長には年が若すぎると考えているのだと、前田は積極的に自分を売り込んだ。


「いゃあ、そこはどうにかなるが……」チラリと天宮家の二人に向けて顎をあげる。


「まさか! あの二人は本社で他の主任に面倒をみて貰って下さいよ。上海に留めたりしたら、きっと日本のお偉い様方から苦情が殺到しますよ」


 原課長は大きな溜め息をつく。


「李大人は満漢全席でもてなすと天宮家の他の人達も招待しているんだ……私としては君と一緒に天宮君達を上海に派遣したいぐらいだが……東京からは即時帰国させろとの命令もある。なぁ、天宮家とは何者なのだ?」


 李大人と山崎の御前の龍の引っ張りあいの真ん中で、原課長は理由もわからず困り果てていた。


「さわらぬ神に祟りなしです! 天宮の件は上司に任せましょう!」


 原課長も、部長の口調からややこしい問題が天宮家にはあるのだと感じていたので、丸投げすることにした。


「それより、胃薬の良いのを持ってないか? 満漢全席とはなぁ……」


 前田も胃薬の世話になるかもと、呑気そうに満漢全席を調べて騒いでいる問題児達を睨み付けた。


✳︎


「ねぇ、黒龍? 満漢全席を食べたことある?」


 自分と同じ年頃に見える外見だが、実際の年はわからないなと俺は質問する。


「前に食べたことあるが、途中で帰ったから……最期まで付き合うのは大変だぞ」


 俺はスマホの画面を見て、眉をしかめた。


「ええっ! ラクダのこぶ? 熊の掌? サルの脳ミソ? サイのペニス? 食べたくないよ!」


 どれどれと黒龍は俺のスマホの画面をのぞきこみ、結構美味しかったと呟く。


「四八珍の全てを食べなくても良いよ……でも燕の巣やフカヒレ、ナマコ、アワビとかの海八珍や禽八珍や草八珍は食べれるだろう?」


 禽八珍の中の白鳥には少し可哀想だと思ったが、鶴を昔の日本人は食べていたぐらいだしと、俺は頷いた。


「李大人にグロテスクな山八珍は外してくれるように言っておこうか?」


 オラウータンの唇だとか、像の鼻先、ヒョウの胎児とか、残酷に思えて、テーブルに乗せて欲しくないと俺は感じた。


「昔は見ることも難しい動物を取り寄せてもてなすことが贅沢だったのだろうが、熊の掌の右手がハチミツを取るから甘いだなんて嘘だしね」


 気味が悪いなら、事前に拒否しておこうと言う黒龍に、俺は失礼にならないかなと心配する。


「おいおい、何てことを言っているんだ」


 前田さんから止められたが、黒龍は青龍から李大人に此方の要求を伝えさせる。



『龍なのに……肉食ではないのか?』


 青龍から避けて欲しいと言われた食材に、李大人は眉をしかめた。


「これを嫌ったのは、聡ではないだろうか? 彼は見た目がグロテスクな料理が好きそうにない……青龍様は聡を保護されているのか?」


 満漢全席の間に龍達と聡の関係を見極めたいと溜め息をつく。



 李大人の屋敷には青龍や赤龍や白龍も招待されていたので、俺は黒龍と迎えに行った。赤龍は青龍や白龍を押しのけて、俺と同じ車に乗り込んだ。なんだかスマートな赤龍らしくない態度だね。


『黒龍に任せようだなんて、とんでもないわ!』


 青龍や白龍に腹を立てていた赤龍だが、俺が何か困った顔をしているのに気づいて、優しく問いただす。


「ねぇ、前に満漢全席について調べた時に、満州の服と中国の服とに着替えると書いてあったけど、普通のスーツで良いのな?」


 李大人からグロテスクな八珍は止めて、その代わりに和食を取り込むとの事前の通知があったのだ。


「清朝の最期には洋食の具材を取り入れた満漢全席の場合は、洋服に着替えたり、出し物もオペラやラインダンスなどをしたみたいよ。なんなら、着物を用意しても良いわね」


 俺の着物姿を想像して、赤龍は可愛いだろうなと笑った。黒龍は赤龍が聡に羽織袴は暑いから、単の着流しに羅の羽織でも良いとか、あれやこれや話しているのが面白くない。


「羽織や袴の夏物も、すっきりしているよ」


 俺は龍神祭の時に初めて会った青龍の凛とした座姿を思い出した。黒龍と赤龍はお互いに強力なライバルを思い出して、眉をしかめた。

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