第36話 アクアプロジェクト受注

 俺は原課長や山本支店長が青龍にお礼を言っている間も、何だか心が落ち着かない。


『男と結婚するつもりなんかない……』


 ぱしんと顔を叩いて正気にかえろうとするが、自分がもしかしたら黄龍なのかもしれないと俺は先程の体験を思い出す。


『黄龍が雌ならば……どうなるのだろう? やはり交尾するのかな?』


 自分の中で黄龍が笑ったような気持ちになり、俺はこれからどうなるのか不安を感じる。青龍は李大人の接待が成功したお礼を繰り返している東洋物産の相手など放り出して、ぼんやりと不安げに突っ立っている俺の側に来たい顔をしている。


「聡、今夜は此処に泊まったら……」


 赤龍も戸惑っている俺をホテルに帰したくなくて、声をかけたが、出張中だからと東洋物産の人達と一緒に帰っていった。ホテルに追いかけて行こうとする赤龍を、青龍と白龍が止める。


「少し、私達で話し合おう……もしかしたら、次の満月に黄龍として目覚められるかもしれない」


 赤龍はだからこそ黒龍と二人にさせられないと、青龍を睨みつけた。


「聡は優しいから、誰かを選ぶという事が負担になるだろう」


 白龍と青龍は身を引こうとしているのかと、赤龍は唖然とする。


「黒龍は私達の中で一番若い……我が君が他の龍と交尾して卵を産むまで、我慢できるか不安です」


 そう言う青龍も、他の龍と黄龍が交尾したり、卵を産むと考えただけで身が焼けそうな嫉妬を感じる。


「でも、黒龍が次の交尾も独占するかもしれないわ!」


 そんな事は許さない! と白龍の気迫に満ちた声に赤龍もしぶしぶ今夜はホテルまで追い掛けないことにする。


「でも、黄龍が目覚めた時に、誰を選ぶかは黄龍次第よ!」


 赤龍の声に、青龍と白龍も頷いた。





 ホテルの窓に手をついて上海の夜景を眺めていた俺は、ふと視線をあげて満月を見る。


『さっき……身体の中に黄龍がいたような……目覚めたら、私の気持ちや考えは消えてしまうのだろうか?』


 ホテルの窓に自分の顔が写り、俺は少し後ろずさる。


『私とお前は一心同体だ……もう、抑え込むのは無理だ! 覚悟を決めて、相手を選べ!』


 俺より大人びた顔つきの黄龍は、そう宣言すると消えてしまい、窓からは上海の夜景とそれを照らす満月だけが見えていた。


『誰かを選ぶ……』俺は呆然と立ち尽くす。


「私を選べ!」黒龍に後ろから抱き締められて、俺は正気にかえって振りほどく。


「黒龍! 勝手に部屋に入って来るな! ああ、鍵をかけていたのに、どうやって入ってきたんだ?」


 折角のチャンスだったのに、ぶつぶつ文句を言い出した俺に、チェッと舌打ちする。


「なぁ、アクアプロジェクトも受注されそうだし、上海の街にくり出そうぜ」


 俺もくよくよ考えていても仕方ないと頷いた。


「やったぁ!」と黒龍は喜んだが、前田さんと原部長も成功を祝おうと誘いに来た。


「上海はジャズの良いバンドも多い」


 上機嫌な原課長を、黒龍は「ネパール辺りに飛ばしてやろう」なんて物騒な事を呟いていたが、良い雰囲気のジャズバーで俺にあれこれ世話をやくのも楽しかったので許してくれたようだ。





 上海市から正式に東洋物産のアクアプロジェクトの受注が決まり、契約書の細かな打ち合わせになった。新入社員の聡と黒龍は、前田に雑用を言いつけられて、上海支店で忙がしくしていたが、山本支店長が採用した現地社員達が使えなさすぎるのに呆れる。


『この資料は明日までに仕上げてくれ!』


 黒龍に睨まれて、少しずつ働き始める。


「ねぇ、この上海支店でアクアプロジェクトがちゃんと実行できるのかな?」


 聡はこっそりと不安だよなと、黒龍に打ち明ける。


「山本支店長は帰国することしか頭にないし、あまりに無能だ! 他の社員が上海支店の責任者になるだろう」


 黒龍は見張っていないと、正常に機能しない上海支店の社員達が、そこまで無能では無さそうだと余計に腹を立てた。


『山本支店長を甘く見て、さぼっていたな! 私は容赦しないぞ! さっさと働け!』 


 聡は、現地社員に怒鳴ったりして良いのかなと首を傾げたが、上海市市役所から原課長や山本支店長と前田が帰って来た時には、上海支店の社員達は一心不乱に働いていた。


「おお! アクアプロジェクトが正式に契約されだぞ! 皆も張り切っているなぁ!」


 原課長は、これなら支店長を代えたら、巨大プロジェクトもこなせるだろうと上機嫌だ。

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