第38話 帰国したら

「本当にこれ以上食べれないよ~」


 俺は満漢全席の最終日までどうにか頑張ったが、喉の上まで食べ物が詰まったような気分になった。


「そんなに無理しなくても良いよ」


 黒龍はとっくに食べるのを止めて、酒を飲んでいる。


「俺は貧乏性なのかなぁ~目の前に食べ物があるのに、食べないのは勿体ないと思っちゃうんだ」と言ったものの俺はもう一口も食べれそうにない。


 黒龍と赤龍と白龍は、李大人の横に座っている青龍に「そろそろお開きにさせろ!」と告げる。青龍は原課長や山本支店長と共に上座で李大人から接待を受けていたが、気持ちは我が君のお側に居たいと願っていた。


『我が君は満腹のようだ……そろそろ退席しても、失礼にならないだろう』


 青龍は他の龍人よりは礼儀を重んじるが、基本は黄龍以外はどうでも良いと考えているので、李大人に圧力を掛けるのも平気だ。


「李大人、心からのおもてなし感謝しております。名残惜しいですが、そろそろお開きにしましょう」


 東洋物産のメンバーもとっくに宴会疲れを感じていたが、それを口に出す勇気がなかったので、青龍に感謝した。李大人は四龍が俺を気遣って、全ての行動を決めているのに気づいたのか、今回はこれまでにすることにした。


『聡を押さえれば、四龍は手にはいる!』


 理由までは気づいては無かったが、李大人はかなり真相に近づいていた。


✳︎

「最後の最後で、あの乾杯ラッシュはキツかったな」


 帰りの車の中で、原課長はネクタイを緩めながら、やっと満漢全席が終ったと安堵の溜め息をついた。


「二日目が和食で助かりましたね」


 若い前田も、流石に三連チャンの宴会には胃が凭れている。


「それにしても、李大人は何故こちらを満漢全席で接待してくれたのでしょう?」


 不思議そうな山本支店長に、原課長と前田は、こんなに鈍感な男をよく上海の支店長にしたものだと人事部を内心で罵る。原課長は三日間李大人の側にいて、あからさまに青龍に気をつかっているのに気づいた。


『李大人は我々を接待していたのではない! 天宮一族を接待していたのだ……前田はこの件に詳しいみたいだが、私はかかわりたくないな』


 原課長は部下の天宮黒龍と聡には、深く関わらない方が良いとひしひしと感じる。前田は原課長が天宮一族について距離を置こうとしているのを察して、賢いと思ったが、同時に狡いとも内心で罵る。


『あの李大人の態度からして、龍を手に入れたいのは見え見えだ。原課長は知らぬ存ぜぬで突き通すつもりだろうが、それでとおせるのかな?』


 前田は上海でアクアプロジェクトの現場を監督したいとは考えていたが、天宮一族のお守りは御免だと溜め息をついた。


✳︎


「チェッ! 結局、夜景を見に行けなかったな」


 お腹がいっぱいの上に最後の乾杯ラッシュに付き合った俺は、酔いがまわってきたので黒龍の出張中だとは思えない発言を咎める元気は無かった。


「少し遠回りして、夜景を見て行こうか?」


 諦めきれない黒龍がそんなことを言いだしたが、白龍に咎めりれる。


「聡は疲れている。さっさとホテルで休ませた方が良い」


 そんな事も気づかないのかと白龍に指摘されて、黒龍は自分勝手だったと、ほんの少し反省した。


 サッとシャワーを浴びた俺は、高層ホテルから上海の夜景を眺める。空には欠けた月が浮かんでいた。


「あの満月の夜、僕は空に舞い上がったような……明日は帰国するんだよな……帰国したら、はっきりしなきゃいけないな……」


 昨年の龍神祭以来、天宮の土地を避けてきたが、自分が本当に黄龍なら、どうなるのか知っておきたいと俺は考える。今いる自分が消えてしまうのなら、両親や姉にも会っておきたいと思ったのだ。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る