夜: 聖者達の苛立ち [ルキウス]
この島に訪れてから三度目の任務に赴こうと言うのに、気が滅入ってしまいますね。
聖なる使命を果たすべき者としての心構えがなっていません——その通りです。
私が今いるこの部屋の狭さ、暗さを嘆いているのではありません。椅子に座る状態を強要されているために、御主へ捧げる祈りの姿勢が十分ではないことも少しは関係しているのですが。
私達を追っている衛士達も問題ではありません。例えこの場所が露見したとしても、強硬手段を取れば良いだけのことです。我々を止める戦力は彼らにはないでしょう。
与えられた使命の重さには気が滅入ることはありません、この身が奮い立つだけです。
なのですが——
隣の部屋からは、沈黙とも低い唸り声ともとれる音が聞こえてくるのです。
この男です。問題は聖なる使命を共にするこの男なのです。
力量については全く申し分ありません。私の授かった恩寵と兵装との相性は悪いものではないのです。
人格的な問題も許容出来ないというものでもありません。少なくとも私の知る限り、この男は己の快楽を任務よりも優先させるような未熟者ではないのですから。
問題は、口です。とにかく、この男はやかましいのです。
この島に来るまでに何度、醜い悪態を聞かされたことでしょうか。
異教の悪魔を信奉する哀れな子羊達に対する憎悪でしたら分からなくもないのですが、全ては御主の創造物なのです。その全てを愛さねばならないのです。
慈しみこそすれ憎むとは、僭越ながら言わせて頂けるなら、信仰が足りない証拠でしょう。
ですが、この男は違うのです。聖なる任務中であるにもかかわらず、誰彼構わず罵倒するのです。
敵が弱ければ弱すぎると言い、ならば強敵と戦えたならどうかと言えば、その敵がどう強く自分は如何にして打ち倒してのかを永遠と語り続けるのです。
初日は酷いものでした。この男が何度『カス』と吐くのを数えるのがバカらしくなる程聞かされたのです。
二日間の任務を終え、三日目に赴こうかとする今は、
‘…………’
これです、無言なのです。呻き声が聞こえるだけです。下手に喋り通されるよりもよっぽど気が滅入ります。
それにこの男と組んで分かったことがあります。この男は弱者と戦えば罵り、強者と戦えば語るのです。何も喋らないのは、よほど不可解な何かがあった証拠なのです。
‘二日で二本ですね。予定より一本多いですが、問題は無いでしょう。今夜は予定通りですよ。ゲオルグさん、聞いていますか?’
‘……——……何だ、クソガキ’
聞いていませんね。おお、御主よ、御許し頂けますか。この男は己が使命の重さを理解するに足る脳細胞を持ち合わせていないだけなのです。
‘むくれるとは子供ではないのですから、止めて下さい’
‘……。てめェが言うか、クソガキが’
‘ゲオルグさんとまともに打ち合える者なんて数える程しかいませんよ。ルツェルブルグの女執事ですら結局は相手にならなかったのですから’
‘アー……あの女とも
‘つけるも何もゲオルグさんの勝ちでしょう?’
昨晩の戦闘を思い返しましょう。
ルツェルブルグの女執事、彼女は実によく戦いました。いえ、彼女の猛攻をこの男は良くぞ凌ぎきったと言うべきでしょう。
ですが、最終的に立っていたのはこの男であり、膝を屈していたのは彼女だったのです。
‘カッ! あンなもんラッキーパンチがたまたま当たっただけじゃねェか。相手の全力をブチ破って倒すってのが勝利なんだよ、クソガキが’
‘私には全く分かりませんね。目指すべきは任務の達成です。個々の戦闘の勝敗などは二の次です’
‘だからテメェはいつまで経ってもクソなんだよ、クソガキ。カッ!’
この男の美学と言いますか戦いへの意識は、どうにも理解できそうにありませんね。
そうです、昨晩と言えば、
‘ゲオルグさん、貴方、何時の間にこの国の言葉が話せるようになっていたのですか? 猿語は覚える価値がないと豪語していた貴方が実に流暢にあの少年に語っていたではありませんか’
‘……——あ〜……一本目の剣を喰った後ぐらいからだなァ’
一本目——島の関所で暴れた際に喰らった剣ですか。話では、名をカザマと言う男のニッポントウ『カゼキリ』ですね。
‘ゲオルグさんが風を操れるようになった剣ですか?’
あの剣を喰べたお陰で、結界の破壊が予定よりスムーズに進められていることは事実です。
風を操ると言う実にシンプルな異能力ながら、素晴らしい練度ですね。
ただ、喰べただけでこの男がこの国の言葉を喋れるようになったと言うことはつまり、
‘あー……カスの考えることなんざ何処も一緒つーこった。カッ! クソくらえだなァ’
何時もは同感できないこの男の発言ですが、こればかりは同意しますね。
そして、そう言った力に頼らなければならない未熟な子羊達に道を示しきれない己の無力さが恨めしいものです。
そして会話が途切れました。
その後に何を言っても、何を尋ねても、この男は答えず、元の無言の状態へと戻ってしまったのです。
出陣の時間が近づいています。私も沈黙を選び、本日の任務に備え、心中で御主への祈りを捧げていたところ、隣から敵意と悪意の入り混じった呻き声が聞こえてきました。
‘——あンのカスザル……俺をマジで斬るつもりでいやがった……ッ!’
さて、私にはこの男の言う猿と言うのが昨日対峙した誰なのか分かりかねます。そもそも敵兵はこちらの命を奪いにくるものです。
何を憤っているのか私にはさっぱりですね。
発言の真意を問いただしたところで、今のこの男には無駄なことでしょう。短くも長くもない付き合いですが、それぐらいは分かってしまうものです。
ならばと頭を切り替えて、私も隣のこの男のように自らの世界に没頭するとしましょう。
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