水曜日: 新しい始まり

夢: 遠い日の記憶

 貴女は、何時も結論だけを言いましたね。

 “貴殿がかの有名な———————か? 私に剣を鍛えて欲しい”

 扉を開け、外気の寒さが届くよりも早く、貴女は私にそう言いましたね?

 覚えていますか? もっとも、私にとっては生涯を変える運命の一日でも、貴女にとっては単なる日常の一コマだったのでしょう。

 そう、どんな宝玉も貴女の決意の前では霞んでしまう。美しく、眩く——貴い。

 “そうか、では失礼する”

 呆気にとられて何も喋れない私を見て貴女はそそくさと去ってしまった。

 そう、初めてお会いした時から最後まで、随分勝手な人だ。

 貴女は知らないでしょう。

 その日、貴女の去った部屋には、雪の冷えた匂いと、高嶺に咲く花の蜜のような香りが、満ちていたんですよ。

 ご存知でしたか?

 貴女の憎らしいまでの鮮やかさに、私は年甲斐もなく心を躍らせて——


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る